2019年08月22日

ネコふんじゃったって、なんなんだ!?

 誰でも弾ける(?)ネコふんじゃった。いや、わたしは弾けませんよ。

 いつ買ったのか忘れましたがうちには結構本格的なキーボードがありましてね。結構本格的って言うけど、1万円では買えないけど2万円だったら買える程度のものだったと思う。それを娘たちが遊び半分で弾いているんですよ。さとも音楽をちょっとやってたから、楽譜の本とかを買ってきたり、教えたりしてね。

 そうなるとそのうち流れ出すのが、「ネコふんじゃった」。なんかさぁ、バカのひとつ覚えみたいに弾くじゃない。そしてそのうち、スピードを求めるようになる。でも、かなり前のことになるけど先日、ふと思いました。もしかしてピアノ初心者の練習曲としてポピュラーなもの? だとすれば、その理由はなぜ? 例えば「永」の字を毛筆で書く場合、とめも左右の払いも、てんもはねも、比較的少ない画数の中にいろんな要素が詰まっているので大事だとされていたりします。ネコふんじゃったにも、そういう奥深い世界ってあるの?

 人前で、ネコふんじゃった以外のいろんな曲を弾けるレベルの腕を持つ人にこのことを聞いてみたのですが、明確な答えは帰ってこなかったなぁ。娘たち?大した答えが帰ってくる気がしなかったので、最初っから聞くつもりもなかったぞ(爆)。

 さらには歌詞も、よくよく考えてみたら意味不明だよね。悪い猫の爪を切ろうとするんだけど、そもそも猫は悪くないと思う。踏まれたから怒って、ひっかいてくるんだ。そもそも猫を踏むなんて、当然逃げるだろうからなかなか難しいと思うぞ。ほんとに猫を踏んだのだとしたら、猫に危害を与えようという明確な悪意があるんじゃないかとすら思う。

 そんなよくわからないネコふんじゃったですが、研究してるサイトがあるんですね。へぇ〜ですよ。そして困った時の味方ウィキペディアによると、作曲者も発祥国も不明で、国によっては様々な歌詞がついていると。日本語の歌詞も、微妙に違うものが複数あるらしいですし。ついでに最後によく付け加えられるリフにもタイトルがあるんだとか。
posted by てつりん at 23:41| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月21日

てつりんはレベルがあがった!

てつりんはレベルがあがった!

すばやさが3さがった!
たいりょくが2さがった!
かしこさが1あがった!
つらのかわのあつさが1あがった!
みのまもり(別名を保身とも言う)が2あがった!
めくるめくせかいをおぼえた!
あおいひかりがみえた!


 1日遅れですが、レベル45になりました(しょこたん風に)。

 別に根に持ったりしませんが、例年だったらさとに聞かれる、「誕生日に何が欲しい?」という問いが確か8月18日くらいまでなかった(爆)。そしててつりん生誕祭らしきものは8月23日に開催された。まぁ、さとも忙しいのでしょう。夏休みの宿題に大苦戦中の人とかもいるくらいだし。それでも、「アラフィフだよ!アラフィフ!!」と連呼されたことはたぶん忘れないと思います。45だなんて遠い世界だと思っていたけれど、まさかその域に達するなんてね。

 ちなみになんだか適当な感じがするのは、もうすぐ娘(妹の方)の誕生日があるかららしい。まぁ、2人分まとめてよりゴージャスにしようというのなら、それはそれでありがたいことではあります。

 さて、レベル45の抱負でも。ドラクエだったら、ホントに魔王と戦ってもいいころだな。魔王がどこにいるのかはともかくとして。ただねぇ、先日思った。仕事系の会合で、「なにか新しい挑戦はしましたか?」と聞かれて、「よくも悪くもこれまで通りにやりましたね」と。そして同席していたほかの人のなかには、明らかに新しい挑戦をした人がいた。それはわたしがしたこと+それに対する講評を受けて、一部変更してたりしたのもあるんだけど、それでも急にシナリオを差し替えたり、これまでにしたことのないことをしたりだなんて、なかなか攻めてるんだよね。そういうのがないなぁ、それってだめだなぁって思うきっかけがあったのでした。

 それに付随して、長くやっていることに対するダラダラ感というか、馴れ合いの感覚のようなものを感じる。以前、同じ事業所に4年いて、これでは自分が馴れ合いの世界に陥っていくようでだめになってしまうみたいなことを考えて異動希望を出したって人の話を聞いたことがあるんだけど、その感覚がじわじわとわかってくる感じ。なんかねぇ、クリエイティブじゃなくなっていく感じがする。前にやったものを焼き直そうとする自分がいるのがイヤなんだけど、もっとイヤなのは過去に自分が作ったものに対して、これは超えられないくらいすごいと思ってしまうことだな。過去の自分に恐れをなしてどうするのかってね。
posted by てつりん at 23:04| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月20日

期間限定で復活中

 2015年のいつだったかな。ある日地方紙にこのような記事が載りました。
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 何度も賞を受賞したような商品がある和菓子屋さんなのですが、夏にはかき氷をやっていたそうです。娘が小学校に行くようになるまでこの店の存在は知らなかったのですが、以前のうちの会社の支社長(市外どころか県外出身者)も知っているくらい、ここのかき氷は有名だったようです。

 で、記事の通り、なくなってしまったんだ。と思っていたら、夏季限定でかき氷だけ復活しているのですよ。しかもこれがまた安くてうまい。一輪車をがんばったあとのうちの娘たちもよく行っているのだとか。というわけで先日、もう夏が終わろうというのにわたしにとっては今シーズン初めてのかき氷に行ってきました。

 お店の左側には駐車場もありますが、基本近所の人ばっかりなのかなぁ。でも、ひがし茶屋街から歩いて10分くらいなのです。店の横に置かれた椅子が目一杯使われているのを見たことがないけれど、もしかしたらそれくらいのお客さんが来ることもあるってことかも・・・? 10人くらいなら、普通にいるのを見たことが何度もあります。
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 娘の同級生が描いたポスター。知る限り、毎年シーズンになると更新されている気がします。
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 左側の大で200円です。安くてうまいですよ。ちなみにかなり常連度が高いと思われるさとの話によると、抹茶に金時の汁をかけるのがうまいって。それだと250円です。
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posted by てつりん at 22:46| Comment(2) | たべもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

33333!

 きのう19日のことですが、うちのデミオが走行33333kmを達成しました!
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 小心者なので、失敗したときに備えて、無難に撮れそうなタイミングでも撮っていました。上の写真もちょうど信号待ちのときに撮れたのですがね。
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 2016年の12月に納車されてこれまで、なんとなくではありますが、平均すると月にだいたい1000kmくらい走っている計算になっています。もちろん先日の東京行きのように、短期集中的に3日で1000km以上走るってこともありますし、苗場に行ってくれば往復で700kmくらい走ることになる。そのかわり、てつりん家としての遠出ではわたしのクルマを使わなくなったのでね。ヴォクシーとあわせて2台の使い方のバランスとしては、それくらいでちょうどいいんだと思います。
posted by てつりん at 22:32| Comment(0) | デミオ(4代目DJ型) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

尾小屋鉄道の今を訪ねて

 尾小屋鉄道って知ってますか? 小松から尾小屋鉱山までを結んでいた鉄道で、これを機にちょっと調べてみるまで知りませんでしたが、日本最後の非電化軽便鉄道だったとか。

 かつて鉱山があった場所に、当時の車両も静態保存されています。ということで、夏休みの宿題が佳境に入っている自宅から、宿題のじゃまになるよっしーを連れ出すべく出かけてきました。ここは終点の尾小屋駅があったあたりだそうです。なかなかきれいに整備されています。
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 客車の中にも乗ることができました。内部がきれいで、すばらしい保存状態です。1977年に廃線になったらしいのですが、そんなことを感じさせません。
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 蒸気機関車にも乗ることができました。
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 続いて、尾小屋鉱山資料館へ。ここに来るまで知りませんでしたが、なんと県立の施設でした。
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 江戸時代に金山として開発されたもののあまり金を産出せず、明治になって銅山として注目され、1971年に閉山されたのだとか。というわけで、鉱石系の展示が充実しています。
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 鉱山あっての鉄道だったということで、もちろん鉄道系の展示も充実しています。尾小屋鉄道は鉄道会社ではなくなったのですが、小松バスとして名前を変えて、今も存続しています。
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 2階では企画展示も行われていました。
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 こうした地方の小さな軽便鉄道だと、そんなに資料も残ってないんじゃないかという先入観がありましたが、驚くほどいろんな写真が残されています。最後の非電化軽便鉄道ということで多くのマニアによって貴重な写真が残されたのか、それとものちの小松バスが丁寧に資料を残したのか。まさかカラーの映像まで残っているとは。
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 資料館の奥から、当時の坑道を見ることができます。
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 夏に来るのはかなりおすすめです。ひんやりとした空気が流れていましたが、よっしーはちょっとびびっていました。
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 採掘の様子を示す展示もなかなか充実しています。江戸時代の作業の様子だけでなく、明治以降の様子も展示されています。
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 坑内の蓄電池車も放置されていました。線路も残っていましたが、車両もろとも湿気の中でやがては錆びて、坑内の土へと帰っていくのでしょう。
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2019年08月17日

吉原の街を

 イエモンのライブを観たあとの8月10日。わたしは東京でまったりと過ごしていました。

 最近東京に行ったときによく泊まっているのがここ。カプセルホテルってなんだかなぁって思っていたのですが、そんなわたしは間違っていると思わせてくれるほどの気持ちよさ。でもねぇ、ここの何がそんなにいいかって、大浴場と言うほどでかくはないけれど、一応大浴場があることです。大きい湯船につかれるのもいいし、手足を伸ばして身体を洗えるのもいい。それだけでかなり満足度が高いのですが、ミストサウナもあるので、かなり気持ちよく汗を流すことができました。あと、2台しかなくて混んでるときは順番待ちになるとはいえ、15分100円の洗濯機+乾燥機もある。しかもなんでそうだったのか忘れたけれど、この日のわたしの場合チェックアウトがなんと15時だった!

 というわけでゆったりまったりと宿で過ごし、最初の目的地に向かったのは昼過ぎでした。まずは最近行きたくなって気になっていた、一葉記念館へ
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 樋口一葉といえば五千円札でしょうか。文学作品だと、「たけくらべ」でしょうか。でもねぇ、有名な文豪あるあるだと思うけれど、作品名は知っていてもそのあらすじは知らない。もちろん、読んだことなんて、あるわけない。初めて、一部でもその「たけくらべ」に触れたのは、桑田佳祐の「声に出して歌いたい日本文学」だったと思う。

 困ったときの強い味方(笑)、Wikipediaによると、舞台は吉原なんだってね。主人公の女の子が終盤で別人のように元気がなくなっちゃうのも、初潮を迎えたからだとするものと、初店(遊女として初めてお客を取った)を経たからだとするものの両説があるんだとか。主人公の姉が遊女で、舞台が吉原だというところからも、個人的には初店説を取りたい気がするけれど、正直こういうところはとっても不勉強。と思って調べていると、その間を取っているような説に出会った。なかなかこれも興味深い。なんらかの形(姉に用があって吉原内に入ったときに見聞きしたとか)で姉の仕事を知り、自身の今後についても考えることになったことをきっかけとして元気がなくなるという解釈です。

 ということで、すぐ近くにある吉原の街へと繰り出しました(爆)。そういえば一葉記念館には、明治大正昭和だったかな、吉原のお店の名前と場所を記した地図が売ってて、興味深かったなぁ。15分くらい見つめてたと思う。廃業して、名義の移転も行われなかったような店は、そのまま民家や普通のお店などに変わっていくことがよくわかります。でも、一度はなくなった屋号が復活してたりもするので、必ずしも消えてしまうものでもない感じ。買いたかったけど、2500円はこの時のわたしにとっては高かった。
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 そういったお店の前を通ると、呼び込みが声をかけてきます。でもね、おもしろいもので、お店の前からは一歩も動かない。帰ってきてちょっと調べたところによると、なぜだかわからないけれどそうだと決まっているらしい感じでした。その一方で、吉原エリア周辺で呼び込みをかけてくる人は、ついてくるらしい。かなりしつこくついてくるんだけど、これまたどうしたことか吉原エリアの中まではついてこないんだって。
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 こういうところは、絶対にひとりじゃないと行けないよねぇ。以前北海道に行って、レンタカーを返却するついでにラーメンを食べに行ったことがあったけど、そのときもすすきののいかがわしい店があるあたりを歩いてみたかった。でも当時中学生のおいっ子とは行けなかったなぁ。

 ここまで来れば、吉原エリアの外に出たことになるそうです。遊んだあとの客が、後ろ髪を引かれる思いで振り返る場所だったのだとか。わたし?別に、そういうことはなかったなぁ。むしろこの界隈にある土手の伊勢屋で食事をする時間がなかったことについて、後ろ髪を引かれる思いでした。
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 歩いていたら都バスに乗れそうだったので、浅草駅まで。さらに歩いてスカイツリーの真下へ。さすがにおっさん1人で登る度胸も、お金もなかったので見上げるだけ。
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 自力で行った記憶がないからかいまいち土地勘がなかった浅草寺へ。その気になれば一葉記念館から吉原を抜けて浅草寺へ、またはスカイツリーへ、歩いていくことも不可能ではないと思います。でもね、この日もまた暑かった・・・。同じようなエリアにある池波正太郎記念文庫にも行きたかったんだけど、乗り鉄に方針を転換しましたね。
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 東京の最後は、御徒町にあるシュッシュポポンというお店へ。鉄分の濃い感じが、好きな人にはたまらないと思います。出発の時間が迫っていたので酒は飲めず、ソフトドリンクのはやぶさを注文。
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 混ぜると見事なはやぶさの色に変わります。そして店内はNゲージが走り回る。レイアウトもなかなか見応えがありました。
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 もちろん食事もなかなかのもの。おいしくいただきました。
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 だんだん暗くなっていく外を見ると、ときおり実車も駆け抜けていきます。吉原の出口で後ろ髪を引かれることはなかったけど、席を立つときは後ろ髪を引かれる思いでした。そうそう、鉄系のグッズも見ていて飽きませんでした。ちびっこにおすすめのお店ですね。
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posted by てつりん at 17:12| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

善光寺に行ってきた

 東京からの帰りがいつまでも続いていますが、善光寺に行ってきました。8月11日のことです。
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 実は善光寺、行ったことはあるのですが、きちんとお金を払って行ったことがない。というわけで、三堂・史料館参拝券(1000円)を購入。これを買うと、まず山門の上に登ることができます。この日の長野市内はものすごく暑かった気がするんだけど、上では涼しい風が吹き抜けていました。
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 本堂の中にも入れます。正確には畳が敷かれている内陣より先です。
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 ぜひ一度体験したくて、でも過去には時間が遅くてできなかったお戒壇めぐり。闇の中を手探りで進み、御本尊の下にあるという錠前を触るのですが、前のグループの人たちがものすごく楽しそうだった。男女計5人くらいだったかなぁ。でも、女子は1人だけで。大学生くらいだった感じだけど、その女子が特にさわやかな感じだった。周囲の野郎どもはきっと、彼女のファンに違いない(笑)。闇の中を進むうちに不意に前の人にぶつかったりするんだけど、「あっ、ちょっと、そんなところを触るのはやめてください」と、男子が女子にしきりに言う。そして彼女はほんとに触ってしまっていたらしい。まぁ、「そんなところ」がどんなところなのか、真相は不明ですがね。

 きっと、さわやかな彼女と野郎どもにおける、闇の中のあれやこれやを勝手に妄想して楽しむような、そんな汚らわしい煩悩にまみれながらお戒壇巡りをするような輩には、救済は訪れないのだろうと思います(爆)。そこで五重塔の下にある、善光寺史料館にも、経蔵にも行ってきました。1回まわすと一切経を全部読んだことになるという、仏教寺院にとってもよくあるありがた〜い施設。
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 その後は、スーパー銭湯の使い勝手と源泉かけ流しの泉質を両立するすばらしい施設、裾花峡温泉うるおい感で旅の汗を流しました。車泊だったとはいえ、10日の午前からお風呂に入れていなかったのでね・・・。ついでに夕飯も食べて、自宅へと向かったのでした。
posted by てつりん at 20:34| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月13日

今年もナガスパのプールへ

 昨年に引き続き、今年も行ってきました。
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 ちなみに長女はこっちの名前を挙げていましたが、プールも遊園地もとなるとなんだか中途半端になる感じがしてねぇ。むしろそれなら、以前行って大好評だったアドベンチャーワールドのほうがいいかも。でもそれだと、遠いので夜行日帰りはかなりキツくなるのと、施設の充実度を考えるとそもそも日帰りはもったいないってことで、軽く予算オーバーだ。

 道を間違えるという去年の反省を踏まえて、今回はきちんと下調べもしたし、入場後の場所取りにまつわる役割分担も完璧。駐車場はかなり早い段階で着いてたし、入場も早めに入ることができた。人が多すぎて、大変だと思って、繰り上げたんだろうなぁ。でもねぇ、わたしが遠出をしていて、その疲れが取れていなかったのか、現地で何度も昼寝。いや、最初の1回については、ビールとからあげ+ポテトフライ(去年はれんこんチップスだった)で、気持ちよく寝るところまでは予定通りだったのに、まさか午後も昼寝をしてしまうとは。

 でも、2年続けて行って思った。ああいうところに多くいる、若い人たちのキラキラした感じっていいなぁってね(笑)。カップルもさわやかで楽しそうだし、ちょっとイチャつき度合いが濃厚でハラハラドキドキするのもこの場だから許されるのか? 心残りといえば、スライダーの類に一切乗れなかったことだろうか。

 それでも来年も、また行ってもいいなぁと思うのでした。プールとかじゃないと正直、夏の行楽は暑くてやってられないんじゃないかと思いますね。
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2019年08月12日

朝の鉄分

 話があっちへ行ったりこっちへ行ったりしておりますが、8月11日の朝は碓氷峠の旧道にいました。ハイドラのチェックポイントを取るために、一度走ってみたかったんだよね。過去にはR33に乗ってた頃、走ったことはあるけれど、正直1回走ればそれでいいやって思ってました。ちなみに行きは、久しぶりに碓氷バイパスを走っております。

 この写真、車道に立って撮っているので、早朝でないと難しいかな。撮影時刻は5時17分だったようです。
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 眼鏡橋と一緒に撮って、それでいいかなと思ったけれど、ガマンできずに坂道を登ってしまいました。
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 過去にも来たことがあるのですが、アプト式のレールを転用しているのでしょうか? こういうところまでは気づかなかったなぁ。
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 ここまで来たらガマンできなくなって、さらに歩きたくなってしまいました。ほら、歩くなら、朝の涼しいうちがいいかなって思って。でも、トンネル内の照明はついてなくて、携帯の明かりを頼りに先に進みました。このあたりは排煙のための穴が空いているあたりなので普通ですが、自身の方向さえもわからなくなるような、完全な闇に閉ざされる場所もあります。結局7時くらいまでいたと思うんだけど、トンネル内の照明がつくことはなかったなぁ。
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 熊ノ平信号所跡。施設が20年くらい前に廃止されたものとは思えないくらいきれいに残っているので、廃墟感よりも、現役感のほうが強い感じがしました。今でも列車が走ってくるんじゃないかってね。
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 変電所の建物もバッチリ残っています。内部がどうなっているのかまでは、わからないけどね。
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 アプト式の旧線と、EF62やEF63が走っていた旧線、両方のトンネルを望むことができます。そのうち、先代の旧線トンネルの中も歩けるようになったらおもしろいんだけどねぇ。
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2019年08月11日

なんにも言えない

 愛用しているほぼ日手帳って言いながら、有効活用はできているんだろうか。正直、一時期ほど何でも書いてないけど愛用しているほぼ日手帳。後ろの方の白いページに、「行きたいところリスト」というものを書いています。すぐ行くわけではないけれど、どこかに残しておかないと忘れ去られてしまうようなレベルのところ。だから沖縄県とか、高知城なんてのは書いてありませんね。

 ちなみに今のところ、記載されている場所で一番遠い場所は、恐山です。ちゃんと呼べるようなイタコさんは、高齢化などもあってそんなに残ってないらしいですけどね。イタコとして登録されているのは、5人だったかな? しかも、なかば観光地化したような恐山に常駐しているわけでもないらしいのだとか。行きたいところリストに載っているだけあって、ちゃんと調べましたよ。

 さて、今回行ってきた、行きたいところリスト登録箇所。なんか世界遺産のような(笑)? 
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 いつ、どのようにして存在を知ったのかは忘れましたが、ここ1〜2年の間に知ったんだと思います。ナビがないと行けないような、入り組んだ道の先にあります。入口の前に立つと、右のドアから入るのか左のドアから入るのか、一瞬躊躇しますがわたしは左から入りました。別にどっちから入っても、中に入れるという結論は同じです。美術館としてはものすごく珍しいと思う、後払い方式なので、中に入った瞬間からこの施設の世界観が押し寄せてきます。
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 施設の名前が語るとおりの場所です。そして展示されている絵画には、作者の名前、美術的な経歴(どこの学校を出たかとか、〇〇をしながら独学で絵を描いたとか、〜に入選など)、そしていつ応召して、どこで亡くなったかが、極めて簡潔に書かれています。人によっては、その方にまつわるものも展示されていることがあります。内地に残る妻や親、子への手紙や、使っていた道具、美術学校の卒業証書、写真などなど。

 置かれていたノートに書かれていたことをきっかけに調べました。「国語の時間にここの存在を知って、母にわがままを言って連れてきてもらった」と。なんてステキなわがままなんだろう。中学3年、教育出版の教科書に、「無言館の青春」の一部が載っているらしいです。わかってたら、買えばよかったなぁ。いや、館長さんのたくさんの著作も買うことができるので、正直どれがいいのかなんてわからなかったんだよね。

 第二展示館の前にも、こういったものがあります。右側のポストは、開かないポストなんだそうです。
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 第二展示館も、コンセプトは同じです。ただし、「傷ついた画布のドーム」というだけあって、天井をついつい見てしまいます。出征が決まったら、自身の持ち物をいろんな人に形見分けし、そして前日は寝る時間を惜しんで頭像の作成。「なんでそこまでするの?」と問う姉に対して、「これが自分自身だから」と答えた弟。その頭像が、天井を見つめています。頭像の横にしゃがんで、頭像が何を見ているのかを見ようとしてみました。
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 内部は撮影禁止なのですが、公式サイトの写真が豊富なので、館内の雰囲気を感じるにはおすすめです。でもやっぱり、ここは作品を直接見るところなのでしょう。仕上げた作品がこうして、ほかの人の手によって発表のチャンスが与えられる。作者はもういないけれど、作品が語ってくれる。そこには、展示している側による解釈や、見る側による解釈があるとしても、作品には何かを語るチャンスが与えられている。

 では、展示されることになっていた作品が展示されなくなってしまった件については、どうなってしまうんでしょうねぇ。見る、見ない、肯定する、しない、批判する、しないなどは、作品に関わろうとする者に委ねられるものなのであって、誰かの判断や解釈、決定がそのとおりになることとは違うと思うんだよね。戦争のなかででも絵を仕上げることができた当時のほうが、もしかしたら一部の芸術家にとっては優しい時代だったのかもと思うと、なんとも言えないものを感じるのです。
posted by てつりん at 23:51| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする