2019年01月06日

おいしそうなランチを探して

 結局土曜日の夜は、廃村ネット探訪で更けていきました。何をやってたんだか。楽しかったけどね。

 さて、白紙状態で迎えた日曜の朝。会社で仕事を始めて間もなく、ひらめきました。頭のなかの「行ってみたいお店リスト」に書き加えられ、その後3〜4年は忘れられていたであろう店の名を! その名はビストロレガル(お店の公式サイトへ行けます)。

 う〜ん、ホームページを見てもおいしそうだ。しかも、内容の割にかなりリーズナブル。これは行くしかないな。入店したらマダムたちがいっぱいで、おっさんひとりで行くのは場違いな気もしないでもない感じがしたけれど、お店そのものは肩肘張る感じではない。落ち着いた、ゆったりとした時間が流れていきそうです。しかも日曜でもランチをやっている! そのなかでも、魚のランチを頼んでみました。

 大根が入ってるんだって。でも、言われなければわからないというか、ほんのり甘くて優しい感じの味です。
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 続いてはサラダ。ドレッシングはフレンチだそうです。きっと自家製に違いない。もっと食べたいくらいでした。
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 そしてメイン。魚はスズキとサーモン。魚の皮をこんなにおいしいと思ったのは、もしかしたら初めてかも知れません。ソースには山椒が入ってるんだったかなぁ。パンとライスを選ぶことができますが、ここはパンで、ソースを余すとこなくいただく。様子を見て、パンのおかわりを聞いてくれました。
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 最後は220円追加で、この日は5種類だったかから選べるデザートのひとつ、チョコテリーヌ。これが220円追加でいただけるなんて。もし単品だったら、コーヒーとあわせて600円でも驚かないレベルですよ。
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 ちなみにこれで、1600円です。舌にもお腹にも、心にもおいしいものを食べるって、いいものですね。ひさしぶりにそんな気分を味わった気がします。
posted by てつりん at 22:49| Comment(0) | たべもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おいしそうなランチを探して廃村へ

 非公式な仕事始め第2日目に向けて、そしてさらに翌日の公式な仕事始めに向けて、きょうはいいところでランチを食べる計画を立てようとしました。

 まずはグーグルマップ。会社の近くを表示させ、拡大してこれは!と思う飲食店を片っ端からチェックします。大通りから1本入るだけで、よさそうなお店が現れるものなんだねぇ。未知の飲食店を複数発見したものの、ここへ!という決め手にかけたまま時間が流れていきました。

 そうこうするうちに地図は山奥へ。この蕎麦屋は過去に行ったことがあって、いいお店なんだけど、今回はあくまで未知のお店を狙いたい。大学の頃だったかに気になっていて、後日行った山奥のお店はどうなっているかと調べたら、すでになくなっていました。印象的な名前の店で、確かプレスリーとか、貴重な洋楽のレコードがたくさんあったはずなんだけど。カレーがうまかった気がするんだけど。

 別のルートをさらに山奥へ進むと、以前到達したものの道路崩落のためだったかでそれ以上は奥へ進めなかったダムよりも、さらに奥へ進めることがわかりました。やるなぁ、グーグルストリートビュー。
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 わたしの記憶が確かなら、祖母はかつてこの界隈で生まれ育ったらしいけれど、そこは今ではダムの底らしいです。しかも、どのダムかも今となってはわからないし、いつまで住んでいたのかもわからない。どんなに最近のことと推測しても、戦後間もなくまでの話だと思う。父が生まれたのが1947年で、その頃には駅近くで商売をしていたはずなので。でも今思うと、祖母の姉妹は川を下るってわけじゃないんだろうけれど、川沿いの道を市街地方向へ下っていった先のエリアに住んでいたなぁ。

 さらに進んだその先には、分校の閉校記念碑がありました。閉校したのはわたしが生まれるよりも前のことで、たぶん地域の地名なんだと思われる校名にも聞き覚えがありませんでした。で、調べたところ、廃村探訪サイトにたどり着いたのでした。

 廃墟紹介とか、廃墟探訪サイトってありますよね。例えるならば今の軍艦島に対する視点のような、貴重な文化遺産や、そこに確かにかつて存在した人々の暮らしに敬意を払うスタンスのサイト。一方、肝試し実況レポのような、薄気味悪いところに行ってきました系のサイト。どっちかというと後者の視点のものや、そっち寄りのサイトばかりのイメージがあったので、ちょっと新鮮な視点でした。しかも古い地形図や古書などから、往時の集落の模様まで紹介していたり、大学の先生が登場したりと、なかなかアカデミック。今は誰もいないけれど、ここにはかつて、確かに人々の暮らしがあったんだよと。

 山を分け入っていくような知識や経験、体力がないので、廃村に行ってみたいとは思わないなぁ。そもそもうちの家訓は「山をなめるな」と定められていたはず(笑)。でも、多くの廃村に残された離村の碑に記された文は、読む人の心を揺さぶるものがありましたよ。離村して、何十年も経った平成の世になって、当時を知る高齢者が立てたようなものにもまた、こみ上げてくるものがありました。もしかしたらわたしのルーツも、どこかの廃村にあるからかもしれません。


 あれ? 結局ランチはどうなったの!?
posted by てつりん at 22:35| Comment(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする