2011年05月25日

いよいよ終盤

 去年の夏から、かれこれ1年近くかかっていますが、山岡荘八の「徳川家康」を読んでいます。

 最近では1か月に1冊を超えるペースで読めるので、いよいよ関ヶ原の合戦迫る!の18巻に突入しました。全部で26巻まであります。

 個人的には、歴史上の登場人物はみんな、政治家などの現代を生きる登場人物であってもやがて歴史上の登場人物になるから、そういう意味では誰もが全員、基本的には私欲のために生きているんだと思っています。もちろん、私欲のためだけに生きている人間は醜いと思うけれど、私欲が全くない人間も気持ち悪い。歴史上の人物だったら、権力を握りたいから、安穏とした生活の邪魔になるから、人を殺したり追い落としたりするんだ。政治家などある程度以上の人たちが政権批判をするのも、まずは国のためを思って指導者を責めているんだろうけれど、その先には「あわよくば自分が権力の座に・・」ってことを考えないで批判している人間はいないはずだ。わたしだって仕事が好きでやっているとは言うけれど、それ以前にカネが欲しいんだ。無給でもいいから働かせてくださいなんて、そんな殊勝なことを言えるほど人間はできていないし無欲でもない。そして、いい仕事をすることで、自身のプレゼンスを高めたいと思っているんだ。その先には、いわゆる出世の道が開けていくんだろう。

 ある意味ドライというか、割り切った発想の中に生きていると思うので、何かを超越したような感覚の中で関ヶ原に臨む徳川家康の姿が実に興味深く映ります。家康が嫌いだという個人的な野心を、秀頼をもり立てるんだという一見正論のオブラートに包むようにして関ヶ原に挑む石田三成と、あくまで秀頼の補佐役のひとりでありながら三成に除かれようとしているがゆえに対決に至ろうとする徳川家康。双方の勝敗は天のみぞ知る。天が家康を選ぶか、三成を選ぶかが今度の戦いだなんて、実に人間離れしているというか、私欲を超越したなかで動いているというか。

 その根底にあるものが、信長、秀吉と受け継がれて家康に至ろうとする、天下泰平の夢であるとして物語は展開していきます。だとするならば、なぜ秀頼は大阪冬の陣・夏の陣で滅ぼされなければならなかったのか。そこの部分を、どう描いていくのか。終盤に向けて、いよいよ目が離せなくなってきました。
posted by てつりん at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック