2011年08月09日

地理と歴史を鉄が結んで

 最近知ったのですが、立山砂防軌道について調べています。

 国内最多の18段スイッチバックがあるとか、営業線ではないので基本的には乗れない(条件つきで乗れる)とか、鉄的な興味の尽きない路線のようです。

 もちろんそっちの方でも興味はあるのですが、別の視点から見ても興味深い。そもそもなんで常願寺川の上流に、人が乗るわけでもない鉄道線を通すのか。終わりのない工事、砂防工事の資材を運搬するために敷設されたようです。

 この常願寺川も、地理を結構まじめに勉強した記憶があれば、日本の河川と世界の河川を比較する資料に登場する定番。常願寺川や富士川、利根川は長さが短いのに急で、メコン川とかコロラド川とかは長くて緩やかであると読み取れるのですが、その常願寺川。明治初期のお雇い外国人技師が、「これは川ではなくて、滝だ」と言ったとかなんとかってほどの急流。

 しかもその上流には、今なお崩落を続ける立山カルデラが。立山にカルデラがあったということ自体初耳で、お恥ずかしい限りなのですが。崩落する山+国内有数の急流=下流に土石流ってことで、それを食い止めるために砂防工事が続けられています。

 山奥に鉄道を敷いてまで工事をしているのを知らない人が見ると、ムダな公共事業をやってるな〜とか、地元土建業者の利権に密着してるんだろうなとか思ったりするんじゃないでしょうか。何の予備知識もなしに、現場を見せられたら、わたしもきっとそう思っただろうと思います。しかしこれをやめると、きっとそう遠くないうちに下流の町に土石流が来たり、そこまでいかなくても川底がどんどん高くなって富山平野が洪水頻発地帯になったりするのだろう。富山湾も浅くなって、深層水が採れなくなるかも(笑)。

 この砂防工事の歴史は古く、明治後半から県の事業として、あまりの財政負担からのちに国の直轄事業として行われていたようです。ところが明治初め、1876年から1883年まで、富山県は石川県だったんですね。県庁の金沢では、常願寺川の状況を甘く見て砂防工事をしなかったようで、それがのちの富山県側の不満につながり、1883年の分県運動につながったのだとか。

 ここまで話が発展してくると、もはや話は鉄とか地理とかってレベルじゃなくなるよな。わたしの卒論のテーマだった部分にもかすってきたりするし。それだけおもしろいスポットを、行けるかどうかはさておき行こうともしないのはもったいないということで、来年の夏にでも挑戦してみようと思います。数倍の倍率になる抽選をかいくぐらなくてはならないようです。一昔前はこういうの、研修ってことで仕事扱いにできたんだけどな〜(笑)。
posted by てつりん at 21:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
・・・県東部の治水事業は、佐々成政の時代(佐々堤)から延々と続いており魔する。
 立山カルデラを含む、常願寺川や黒部川上流部の土砂崩れ対策は、永遠ともいえる課題です。
 黒部川水系。現代でも関西電力が利権を抑えたままですので、流域の自然破壊事業(出し平ダムから下流への、ヘドロ排砂)を平然と行っております。上流の黒四ダム(=関西電力黒部川第四発電所)観光の陰で行われ続ける愚行・・・梅雨の大雨時には、増水し濁った黒部川が見られますzo(苦笑)
Posted by Tacke at 2011年08月10日 20:17
それでも排砂をしないと、ダムが機能しなくなりますよね。
ある意味大変なところなんだろうなって思います。
アルペンルートとか、黒部峡谷鉄道とか、
行ってみたいと思いながら近すぎていつでも行けるとスルーされて
今に至っているのがなんだか残念です。
Posted by てつりん at 2011年08月10日 22:40
実を言うと僕もカルデラの存在を知りませんでした。
お恥ずかしい限りです。

てつりんさんは
なぜ?と考えてからの行動が早いですよね。
色々と勉強になりました。

来年の話、是非その語が聞きたいです(^^)
Posted by 恩田雅彦 at 2011年08月12日 02:19
えっ⁈ 来ないの(笑)?

それはさておき、おもしろそうなものを知ったら、
すぐに自分で調べておかないと消えてしまうので。
調べたかったのに、そうして記憶の彼方ってものが、
もはや思い出せないけどたくさんあるんです。
Posted by てつりん at 2011年08月13日 23:34
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