2011年11月21日

糸魚川オフのそのほか

 せっかく糸魚川まで行ってきたんだからということで、天気の悪い中、いろいろとお楽しみを入れてきました。

 富山県側から新潟県に入ってしばらくの、親不知子不知と呼ばれている区間は、なかなか地形的にすごいところです。国道8号線も、昭和の頃よりはかなり改良されていると思われますが、かなりの難所。明治初め頃までは日本海の荒波が洗っていくようなところに道が通っており、親は子を省みる余裕がない、子も親を省みる余裕がないということから、親不知子不知の地名の由来になったとか。加賀藩の殿様とかが参勤交代で江戸に向かう際も、近隣の若者を徴発して波打ち際に立たせて人間テトラポットにしたとか、道沿いの洞穴に隠れて波が穏やかになるまで何日も過ごしたとか、いかにこのへんが大変な交通路であったかを物語る話はいろいろとあるようです。

 そんな交通の難所に、明治はじめ、新しい道が通されました。昭和40年代くらいまで、現役で使われていたらしいです。確かになんとかクルマ2台はすれ違えそうですが、当時はトラックだって通っていたはずなので、交通の難所であったことに変わりはないのでしょう。現在では北陸自動車道が海上や山の中をトンネルで貫いています。
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 宿から少し歩いた岩肌には、「矢如砥如(やのごとくとのごとし)」の文字が。矢のようにまっすぐ、砥いだようになめらかな道が、新しくできたことを記念して彫られたのだとか。ほかには「天下之険」とか、「足元千丈親不知」とか、いろいろ彫られていました。ちなみに個人的には、この道の1世代前、明治はじめまで使われていた海沿いの道に行ってみたかったのですが、現在では波に洗われて存在しないそうです。


 続いてオフの後、やんばるくいなさんの案内で、知る人ぞ知る有名駅、筒石駅へ。写真の通り、長いトンネル(写真では登っていますが)を下った先のトンネルの中にある駅です。以前さとと行ったことがありますが、まさに紅白歌合戦で「地上の星」を歌った中島みゆきのシーンが思い出されるような場所。というか、10km以上あるトンネルの中に駅をつくろうって発想自体が「プロジェクトX」ものじゃないかと。
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 このドアの先に、ドアは開いてますが、ホームがあります。特急列車の通過時にはものすごい風が吹いて、その風は地上にまで達し、夏には風鈴が鳴るそうです。
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 にもかかわらず、至近距離を通過する特急列車の、ド迫力写真を撮ってました(笑)。681系の顔が入るようにしたかったのですが、シャッターを切るのがちょっと遅れてしまいました。写真のアングルがものがたる通り、風に飛ばされないよう、姿勢を低くしています。みっちゃんも柵の手前から、迫力の通過シーンを堪能しました。
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 以前来た時も、「筒石駅のご案内」というA4判の紙をくれたのですが、白い紙だったのが黄色い紙になってました。あと、絵はがき風の入坑・入場証明書もくれました。駅のポスターによると5000枚限定とのことでしたが、番号はすでに16000番代になっていました。
posted by てつりん at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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