2006年10月31日

継続の重み

 1か月間のリハビリが終わりました。とりあえず問題なく働けることがわかり、無事に勤めきりました。

 うれしいのは1か月では惜しいと思われていたこと。それは有り余る才能と実務能力、仕事に懸けたいけど懸けられなかった思いなどを、腰が悪いなりに全力投球してきた結果なのでしょう。その前提には、少しでもいいものを届けたいとする気持ちがあります。表面的な部分にとどまらない何かを、伝えたいという気持ちがあります。でもそれらはすべて、お客様の笑顔に支えられてのこと。客商売である以上、客の支持を失ったら働いていくことはできなくなるでしょう。「支持されるように取り組む→支持を受ける→さらに支持されようとする」の好循環あってのことです。

 正直、ここまでのいい働きができる時期は、そんなに長くはないんじゃないかとも思いました。どんな仕事にも脂の乗る時期というのがあると思うのです。今はまだ若さもあって、お客様に近い立場でいられる。でももう10年近く、そこそこ長くやってきているわけですから、技術力も経験もある。必要なものをバランスよく持っていられる、最高の状態でいられるのが、今の時期なんじゃないかと思ってみたり。

 技術や経験がないのに若さだけで突っ走ろうとする時期でもなく、客の要望が聞こえずに半ば独善化したかのような長年の勘や技術力やだけで押そうとするようなことのできる大ベテランでもない。わたしはわたしだからと一生懸命やっているだけのことで、自分では何がいいのかわかっていないけど、それがいいと思われているということへの恐怖。才能があるのは結構かも知れないが、何が才能なのかをわかっていない実態。何が才能で、何がいいのか、どこに能力があるのか、わかっていないということはもしかしたら、最初っからそれらがわたしには存在しないと言うことなのかも知れない。

 いつかそうした、何かよくわからないバランスのようなものが崩れて、あると勝手に思っていた能力や才能やこれまでの積み上げがすべて消える。そしていい働きができなくなる。比較するのもおこがましいが、超一流のプロ野球選手でもそうした恐怖と戦うらしいですね。これを最後に今後、1本もヒットが打てなくなったらどうしよう。突然思うところに投げられなくなったらどうしよう。うまくいけばうまくいくほど、それができなくなったときが怖い。一時的な成功の裏で、そんな恐怖を初めて感じたのが、今のわたしなのかも知れません。

 そうした恐怖と戦いながら、それでもいいものを届けて何かを伝えようとし続けることの難しさ。しばらく休んで20日から、また戦います。
posted by てつりん at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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