2006年12月16日

山梨の旅 1日目

 山梨県に行ってきました。このへんからだとなかなか行きにくい場所でもあるだけに、改めて山梨県をじっくりと堪能しようというのは珍しいことなのかも。山梨への道も富山から神岡、安房トンネルを通って松本に出て、あとは国道20号線をひたすらまっすぐ。八王子や横浜など関東西部へはこれが最短距離だけど、安房峠を越えた上高地からしばらくは道があまりよくない。ライトアップされた巨岩が見えると思っていたら、崩落の危険性があるために常時監視中らしいし。

 まず最初は山梨県立リニア見学センターへ。当初予定されていた、1週間後だったら走行試験も見られたらしい。目の前を疾走するリニアモーターカーを、ナマで見られたと思うと実に惜しい。展示はかなりこぢんまりとしており、走っているところを見せるための施設という色合いが強い気がする。せめて走行映像を見たいところだったが、「調整中」の張り紙が。まぁ、また来るだろうから、ちょっと心残りがあった方がいいのさっと力づくで納得させる。かなりの倍率になるらしいが、実は試乗会にも参加してみたかったりする。

 続いて吉田のうどんへ。富士吉田市にはかなりの数のうどん屋がひしめき合っているらしい。うどん屋を目指して国道139号線を走るうちに、みるみる巨大化して視界に飛び込んでくる富士山。あまりのすごさに、神的なものを感じるのも無理はないと感心する。到着したのは市民会館の中にある「むす遊」。麺にものすごくコシがある。いつも食べているようなうどんは、いったい何だったんだろうかと思うほどのもちもち感。「あぁ〜、これがうどんのアルデンテってやつかぁ〜」と、つぶやいてしまう。事実うどんの中心部にやや硬いところがあり、それがまたよい歯ごたえ。

 この日のラストは恵林寺。「心頭滅却すれば火もまた涼し」の寺と記憶していたが、武田信玄の菩提寺でもあるらしい。まぁ信玄の墓の話はあちこちにあるというのが実態で、諏訪湖に沈んでいるという話もあるくらいなので、話半分くらいにしておく。武田氏を滅ぼしたあと織田信長によって焼かれたのだが、その後徳川家康によって再興されたとか。徳川家康に関しては、結構この手の話が多いような気がする。敗れ去ったとはいえ、武田軍団や甲斐の地に一目置く気持ちがあったのではないかと思う。隣接する宝物館までしっかり堪能。風林火山の旗に感動し、武田二十四将と言っても複数の組み合わせが存在することを知る。当然、風林火山の旗の複製(?)はお買い上げ。現代の騎馬、クルマにつけようと思っていたのだが、その妄想を知ったさとの視線はものすごく冷たかった。

 この日の宿泊は、武田二十四将の一人にあげられる山県昌景の末裔が温泉を守っているという山県館。武田信玄に温泉を守るように命じられたといういきさつから、さとは山県昌景を身分の低い立場と考えたようだが、これを今でいう陸軍病院の院長あたりと解釈するとやはりなかなかのものなのだろう。事実1572年からの武田信玄上洛戦では、5000人の別働隊を率いて三河に侵攻、徳川家康をさんざんにびびらせたとも言われる。また戦死者多数の長篠合戦において討ち取られたが、織田側の史料では戦死者リストの筆頭にあげられている。馬場信春と並ぶ筆頭クラスの家臣だったらしい。

 ここはすべてのお風呂が源泉掛け流し。確かに湯船からはたくさんのお湯があふれ出ていた。食事前には河原近くにある信玄公岩風呂につかる。女性専用の時間帯もあるが、基本的には混浴。ちょうど食事が始まる時間帯だったこともあり、事実上の貸し切り状態で過ごす。食事もうまく、温泉の湯を使ったしゃぶしゃぶは特にうまかった。
posted by てつりん at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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