2016年10月25日

勝手に代弁しますが

 敬愛してやまないユーミンのアルバムがもうすぐ発売になります。20世紀の終わり頃と言うか、バブルの少しあとみたいに、新しいアルバムは100万枚200万枚もあたりまえって時期を知るものとしてはちょっとしたさみしさもないわけではないのです。

 でもねぇ、世間的に売れているかどうかということと、わたし個人としていいと思うかどうかということはまったく関係がないので、セールスうんぬんなんてことはむしろどうでもいいことです。苗場も含めて、ライブのチケットも手に入りやすくなるわけだし(笑)。と言いながら、ある程度売れることが次のリリースへの原動力にもなるわけだから、売れないのも困るのですが。

 で、過去のどのアルバムもそうでしたが、プロモーションに気合が入っています。特に今作は気合が入っているようで、プロモーションの一環とはいえ音楽番組とはいえないようなものに出てみたり、ツイッターも始めてみたり。で、ちょっと物議を醸した発言ってのがあって話題になってたわけなんですがね・・・。

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 発言の内容としては、使いやすい言葉に甘えるな。さらには別の言葉についても、深いところまでわかって使っているのか? という趣旨とわたしは解釈してるんだけど、そもそも文字制限のある媒体で真意を伝えようとすること自体が難しいんだ。そうねぇ、例えば「闇」って表現があるけどねぇ・・・、何年か前に、地元紙にも載ったような表現なんだけど。

【例文1】「あの人って、闇だよね」

 要は暗いというか、でも単に暗いというわけでもなく、ニュアンスとしては今で言うところのスクールカーストの下の方に位置するという雰囲気をも含むわけだ。ちょっとずれていく気もするけれど、リア充の逆のような雰囲気をも持つわけだ。そういった、いろんな概念を包括するようなものを、闇の一言で片付けるなよと。もしかしたら【例文1】の「闇」の部分を別の表現にするだけで、もしかしたら「あの人」のことをわかってあげようとする方向に会話が動いていくかもしれないのに。続いて、ほかの例文も。

【例文2】「オレって、ゆとりだからさぁ〜」

 「ゆとり世代」って表現にも、批判的ニュアンスがあるよね。ただ、よく言われていることだけど、たとえゆとり世代と言われても、ゆとり世代の人たちに何らかの問題があったとしても、それは必ずしもゆとり世代と言われる当人たちのせいではないことも多いはずなんだ。そういったことを見落として、「ゆとりだからダメなんだ」とか、「ゆとりだからしょうがない」って、それこそユーミンの表現によるところのワードに甘えたところで、悪く言われるゆとり世代の人は誰一人救われない。そうねぇ、闇な人をリア充じゃないとか、スクールカーストの下の方と言ったところで、何の意味があるのかって感覚かなぁ。

 そういえば、発達障害だとわかったけれど、それで安心したかのように「発達障害だからしょうがない」みたいな捉え方をしてしまうのはどうなんだという感覚に通じるものがあるかなぁ。言葉を使ってレッテルを貼ったところで、その言葉の対象者に何らかのメリットをもたらすものでなければ、何の意味もないじゃないか。もしかしたら新しいアルバムは、これまで以上に、一見使い古されたような言葉であっても丹念に丹念に楽曲とともに紡いで、深い表現を模索したものであるかもしれないな。
posted by てつりん at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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