2018年04月07日

名古屋に行ってきた

 先日のことですが、名古屋に行ってきました。きっかけは完全に思いつきです。たぶんね、鬱積された何かがあったのでしょう。1〜2日前から計画が浮上して、前日に決めて、会社への休暇申請も前日。こういうのって、ひさしぶりです。

 計画から実行までは一見思いつきでも、結構入念な計画が練られています(笑)。高速道路をプレで走ること3時間ほど。まずは名古屋モーニングをいただこうということで、名古屋駅近くのこのお店にやってきました。平日の8時台だというのに、店内はなかなかの混み具合。写真は食後に撮ったものです。もう少し遅かったら、待ち時間が長くなって大変なことになってました。
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 ちなみに食べたものとしてはこんな感じ。えぇ、おいしくいただきましたよ。ぐだぐだなちびっこのせいで、気持ち的に味わいきれなかった気がしないでもないですが、それってうちの子のせいであってこのお店のせいではない。
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 続いての目的地は名古屋城。わたしがお城好きなのはここの内外を問わず結構知られているようですが、実は名古屋城に行くのは初めて。鉄筋コンクリートの再建なんて、興味なかったんですよ。桜もとってもいい感じでした。
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 でも、こういう機会を逃したら、鉄筋コンクリートの再建名古屋城が見られなくと思うと、俄然行きたくなってねぇ。
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 ※上は公式サイトのスクリーンショットです

 名古屋城は戦前まで存在した、20の現存天守閣(当時)のひとつでした。ちなみに今でも現存するのは12。戦災で焼失した7城のうちの1つなんです(松前城は戦後、失火により焼失)。不勉強で恥ずかしい話なのですが、焼失した天守閣の中では写真や解体修理時などの史料がかなり残っており、外観に関してはかなり忠実に再現されているのだとか。そういう事情もあって、木造天守閣の再建事業が進んでいるというわけなんですね。ちなみに天守閣というのはしばしば落雷で焼失するものなんだと書きたくなるくらい、金沢城も大坂城も和歌山城も福井城も鳥取城も落雷で焼失してるんだけど、名古屋城については築城から戦災による焼失まで300年以上残っていたのだとか。

 本丸御殿もちゃんと見てきました。火災報知器や防犯カメラが丸出しなのは興ざめだけど、まぁしょうがないんだろうなぁ。障壁画の輝きは、息をのむほどでした。長い年月に耐えてきたぞ!という風格まではまだ、にじみ出てないけれど、やがてはその域に達することでしょう。
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 空襲で炎上する際に、一部の障壁画は持ち出されたほか、事前に疎開させてあったものもあったなんてことを知ると、なかなか捨てたもんじゃないなぁって思いました。当時の国宝だったとはいえ、戦争で空襲を受けているという非常時において、文化財を避難させるだなんて発想はなかっただろうと信じて疑ってなかったんです。ましてや城は当時、軍事施設に転用されていたわけですから。

 ということで、続きは後半に続きます。いつ書くかわからないけどね。
posted by てつりん at 23:39| Comment(0) | おでかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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