2018年08月05日

おまえも死ぬぞ

 別に誰かを呪っているわけではないのでご心配なく。別にイヤなことがあったわけでもありません。

 最近、これが話題になってるので、ちょっとわたしも刺激を受けてみました。
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 別にお寺さんが誰かを呪っているわけではなくて、誰にでも訪れることを言ってるだけのことなんだよね。ただ、これを誰が言うのかによって、炎上案件にもなりかねないのが現代社会の悲しい性ですな。今のところ炎上するどころか、端的ながらも深いって、好意的に受け止められているようで何よりですがね。

 実は先日、とある美術館へ弾丸ツアーをしかけてきたのです。目的は、仕事のネタを仕入れに。いろんな写真を撮りまくってきましたが、それについてはそのうちに。ただ、終わりの方で仕事のネタとは関係なく、かなり印象的で、思わず足を止めてしまった作品があったんです。
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 ブリューゲルの、「死の勝利」という絵画ですがね。まぁ結局のところ、みんな死んじゃうんでしょう。文中のリンク先(ウィキペディア)の方が画像は鮮明に見られます。
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 描かれたのは1562〜63年頃らしいのですが、作品の着想は14世紀にヨーロッパで大流行したペストに得ています。地域の3分の1から半分が亡くなったと。そういう時代にはどうしても死を意識するしかないし、「memento mori(メメント・モリ 死を記憶せよ)」なんて言われたりもするのでしょう。でもさぁ、結局のところ、ペストをくぐり抜けたとしても、死は誰にでも訪れるんだよね。貧富にかかわらず。階級にかかわらず。
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 個人的には、どうせそのうち死ぬんだから、いつ死んでもいいように日々をやりたいように生きたいと思っています。食べたいものを食べ、見たいものを見て、やりたくないことはしない。いつ死ぬかわからないからこそ、今を生きようって感じだな。実際のところ、なかなかそうはいかないから、それを可能にするだけの力が必要なのであって、だからこそ公私ともにある程度はきちんとしなきゃならないんだろうけどね。
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 誰かや何かに対して、それこそひどい言葉で罵ったりするようなことが普通にあったりする。でも、そんな相手だってそのうち死ぬんだし、自分だってそのうち死ぬ。だからこそ、ちっちゃいことにとらわれて生きていたりするのはやだなぁ。そんなことを思ったのでした。以前も同じようなことを書いてるんだけどね。
posted by てつりん at 17:48| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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