2019年01月25日

古典って、いいものですね

 仕事上、相当雑食的にいろんなネタを、ネット上から収集している気がします。言ってしまえばとりとめのない、なんの脈絡もないネットサーフィンでしかないのですがね。もちろんライブのMCとか、時には譜面書きとかにも応用されて、さらには稀ですがライブの本編の根幹をなす場合もあります。

 「今、あれが知りたい」と、ピンポイントに目標へ向かうもの。ヤフーのトップから、気になるものをクリックするもの。その先にもまた、気になる見出しがあったりしてね。さらにはトップの下の方とかも。でも、なんとなく、自分の興味を持ちそうな記事の見出しが表示されているのではないか、自分で情報の取捨選択をしているようで、実は何者かのコントロール下にあるのではないかという気もしないでもない。それはまた、別の話ではあるのだけれど。

 で、先日。こういうのを見つけました。「ニセ医学」を信じてしまった患者を救えない、“正論”医療の現実

 クリックすれば全文を読めるでしょうが、長いので、抜粋は以下に。

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 医者って、当然賢い人、勉強のできた人がなるものなのでしょう。でもさぁ、文系か理系かと言うと、理系なんよねぇ。理系と言いながら、患者さんへの説明には、医学的に高度な専門的事象をド素人にもわかるように伝えるという、文系のセンスは絶対にいると思うけど。

 ただそもそも、もはや文系か理系かという区分には、さしたる意味がなくなり始めていることも何となくわかる。例えば医者もそうだと思うけど、経済学は文系と言いながらもはや現場の最前線は金融工学の世界だったりしてね。理系レベルの数学の力がないと、今の金融なんてわからないんじゃないのかなぁ。

 で、理系だ文系だといった、学問の古い垣根を取っ払うような話の一例が、医者が語る愚行権の部分だなぁと。筆者が国立大の医学部に入るためには、センターの倫理が必要だったんだろうか。それとも、自身を高めるために、医者になる前かなったあとかに勉強したんだろうか。JS.ミルのことなんて、わたしは自由論と、功利主義ってキーワードでしか知らない。中身なんて知らなかった。でも、そんな古典が、さすが古典と言われるだけの普遍的価値を今もなお持っていて、そしてよりによって医者の手にかかって別の文章を紡ぐ縦糸か横糸の一部になって、そして別の誰かの琴線に引っかかる。

 古典なんて役に立たないって、理系の医者とか技術者とかが言いそうなことだと思っていましたよ。そうじゃないんだなぁ。そのうちJS.ミルの「自由論」、ちゃんと読んでみたいなぁって思ったのでした。読むヒマなんてないだろうけれど。

posted by てつりん at 23:37| Comment(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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