2020年07月29日

リトル・トーキョー劇場版を観てきた

 中島みゆきの夜会を、映画館で観てきました。公式サイトはこちらから。
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 みゆきのM。館内はわたしだけの貸切状態でした。土曜の夜だったのになぁ。まぁいいけど。
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 こういう企画は過去にもあって、でも気づいたら終わってて見逃してました。確か過去には夜会の別の作品と、夜会工場のライブもやってたはずなんだ。

 夜会は、よくミュージカルと比較される気がするけど、どっちも観たことある者からしたら、中島みゆき自身が言うとおり、ミュージカルとは別の、夜会というものだな。二郎はラーメンのようなものというよりは、二郎という食べ物なんだという話に近いと思う。

 で、内容。なんか、カラッと明るくて(話の本質は必ずしも明るいものではないが、明るいと思わせるものが随所にある)、そして話がシンプル。わかりやすい。夜会とはなんぞや?と思っている人には、特におすすめだな。そしてすべてが崩壊したという状況にありながらも、前向きな前途を予感させる形で物語が終わるのでね。最後の、さぁ、新しい出発だという内容の曲がまさにそれ。今回はそうでもないけど、基本夜会は新曲で構成され、その新曲をどう舞台表現を通して伝えるのかという実験的なコンセプトがあるので、曲についてはこういう言い方しかできないのです。リアルで観て、パンフを買えば、楽譜と歌詞が載ってたらしいけどね。最後の曲は、「記憶」じゃないけど、CD化してほしいなぁ。「記憶」同様、夜会だけの場に閉じ込めておくのはもったいないと思うような名曲ですよ。


なかなかネットには落ちてない「記憶」の、まぁ悪くないかなってバージョン

 でありながら、今作については既存の曲も入っているのがまた興味深い。冬季閉鎖になるホテルの中にあるリトル・トーキョーというライブステージが舞台だからってのもあるかなぁ。これを観たことによって、今年観た中島みゆきのライブに対して思った、「なんでフルコーラスでやらない曲があるんだろう?」という問いの答えがあるような気がしたなぁ。ちなみに中島みゆき本人は、「なんでライブでは、CD通りに歌わなくてはいけないんだろう?」って疑問を持っているらしい。確かに夜会の場においては、全部歌わなくても伝わるものは伝わるなぁ。

 というわけで、ライブと夜会の両方を観て、中島みゆきの奥深さがようやくわかるということを、改めて実感しました。ライブがとんとごぶさた、というか最後のツアーが時節柄途中で終わったのが惜しくてなりません。そして夜会も、長らくごぶさたではありますが、またナマで観たくなったのでした。
posted by てつりん at 23:18| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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