2007年08月06日

天下統一

マニアな画像が多いので(笑)、394経由の方はお乗り換えしてもいいかも。
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 夏なのでね(なんだかよくわからんが)、ゲームで遊んでいたりします。

 高校生の頃はPC88のなんだったかなぁ、それでよく信長の野望とかやってましたね。98は買えなくて、先輩がろっぱと呼ばれていたシャープのX68000を持ってましたけど、買えませんでしたよ。そんなわたしのあこがれだったりしたのが「天下統一」。高校の時の担任(数学)までどっぷりはまっていたらしく、前の年の担任(日本史)に時代背景などを質問したりするほどはまっていたらしい。

 この天下統一が98でしかできなくてねぇ。できないとやりたくなるものなんですよね。本来は1人プレイなんだけど、「ROGiN」では58人プレイ仕様にして、編集部関係者で天下統一を争ってた企画もありまして、これがまたプレイしたい気持ちを駆り立てましたよ。今では「ROGiN」、本屋で手に取るのも恥ずかしい雰囲気の雑誌になっちゃってますが、当時はゲームに絞った普通の(?)パソコン雑誌だったんですよ。

 大学に入ってようやく手に入れた、80286が載っているエプソンの98互換機でようやくプレイできるようになりまして。今では数年前に手に入れた復刻版をさとデルに勝手にインストールして、勝手に楽しんでます。てつマックでもプレイできたんだけど、OS Xには不対応みたいで。しかもClassic環境だと微妙に動きがおかしいし。信長の野望シリーズと比較して、コンピューターがかなりシビアな動きをするようで、例えば加賀の富樫氏みたいに「この大名では天下統一がかなり難しい、というよりほとんど不可能」という大名もいたりします。また、史実よりも早く天下統一が進む。史実通り1580年頃の段階で、織田信長が近畿や東海を押さえていても、天下統一はできないんじゃないかなぁ。


 伊達、上杉、武田、北条、今川、織田、毛利、大友、龍造寺、島津といった、おもだったところの大名家ではだいたい天下統一を達成したことがあるのですが、岡山の宇喜多でできなかったのが心残りでねぇ。実は286時代に統一したことがあるんだけど、その時は威信値20+1200万石で征夷大将軍に任命されての天下統一であって、全国全ての大名をたたきつぶしての天下統一ではなかった。近畿から中部に攻め入る段階で、東日本を統一した上杉謙信の軍勢が恐ろしく強くて、勝てないままじりじり兵力を失って、らちがあかなくなって、やむなく家臣団を石高の高い国に分散させて開墾させることで1200万石を達成したのだな。最後は政治力で勝つなんて、なんだか小牧長久手の戦いにおける秀吉のような戦の終わらせ方だな(笑)。

 ところが今回、宇喜多で全国制覇したんですよ!

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 備前を統一して、豪族から小大名になって間もない頃の宇喜多さん。このころは家臣が3人しかいなかったので、複数の敵を相手に戦うことは不可能でした。ROGiN編集部の出した攻略本では、なんとしてでも毛利と同盟を結び、パソコンのCPUに念を送って九州へ侵攻してもらい、宇喜多氏自身は東へ勢力を拡大すると書いてありました。でも近畿で三好とか六角とか織田あたりと戦っているときに、中国、九州を制圧した毛利が後から襲ってくるようだと万事休す。島津だと、もっともっと万事休す。

 というわけで毛利とは同盟を結ばない。東進し宇喜多家に襲いかかってきた尼子をたたき(宇喜多VS尼子なら結構簡単に勝てる)、その間に毛利は九州に向かってもらいました。さとデルに念は送りませんでしたけどね。

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 九州に向かった毛利勢は、北九州の覇権を争う大友か、龍造寺との抗争を避けられなくなります。そのため背後から宇喜多勢が襲いかかっても、これに対抗するだけの兵力がなかったりします。毛利勢の目立った組織的抵抗もないままに、無人の野を征くように中国地方の大半を手中に収めた宇喜多さん。石高も100万石を突破し、戦国大名に脱皮しました。

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 石高100万石を突破した宇喜多さんの前に立ちはだかったのが、つい先日まで一緒になって毛利を挟み撃ち攻撃していた佐賀の龍造寺氏。ここまでの戦いで石高はほぼ互角。しかし家臣数が少ないので兵力は劣る。そんな龍造寺氏との戦いでモノを言うのが鉄砲。南九州を制圧した島津氏が南から龍造寺氏を攻撃し始めたこともあり、島津氏がこれ以上巨大化すると困る。死に体化しつつあった龍造寺勢の制圧よりも、道が錯綜している豊後の統一に全力を挙げ、日向における島津との局地戦に持ち込むことに成功。同時に龍造寺や、龍造寺の支配下となっていた旧毛利家の家臣団を吸収し、長年の懸案だった人材不足も解消。複数戦線の同時展開も可能になっていました。そのため肥前から肥後、そして日向の両方から島津領を南下していきました。

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 この段階で宇喜多さんと石高1位を争っていたのが、近畿の大半を手中に収めていた六角氏。しかも島津制圧戦の最中であるにもかかわらず、但馬から伯耆へと兵を進めて宇喜多領を奪っていく。島津と六角の二正面作戦は何かと不安もあり、また島津氏の滅亡もそう遠くないと判断したこともあり、とりあえず六角勢の動きは無視。出雲まで攻め込まれちゃいましたが、島津氏を滅ぼして全軍を六角氏討伐に差し向けます。ちょうどこのころ、足利将軍家がわれら宇喜多家に庇護を求めてきました。宇喜多勢に刃向かうことは将軍家に刃向かうことと同義じゃ〜!ということで六角氏も滅亡。

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 最後は関東、東北、中部の大部分を制圧した北条氏との、事実上の一騎打ち。ゲーム開始当初から買い進めていた鉄砲の火力にモノを言わせて、北条の主力部隊を次々と壊滅させて天下統一を達成したのでした。めでたしめでたし?
posted by てつりん at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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