2007年09月27日

責任の取り方

 先日、とある筋からこういうことを聞かれて、困ってしまいました。日本史上の人物で、責任を果たした人物について、というもの。

 日本史に限らず歴史に名を残す人物は政治史の分野が多いし(政治史に偏っているからだという指摘はあるが)、責任を果たしたことが記録に残り、すなわち歴史に名を残すにはやはり政治史の分野が好都合であるのは事実だろう。ただ今の政治家もそうであるように、基本的に歴史上の人物がどれだけ責任を感じながら行動していたのかは、なかなか見えない気がするんだよね。例えば版図を拡大したとか、なんとかの全盛期を現出したとかいうと聞こえはいいけれど、それは責任感ではなく私利私欲の先に得たものかも知れないじゃない。善政を敷いたといっても為政者なら当たり前のことであって、善政を敷くことに責任感を持って当たっていたのかどうかまではわからないわけだよ。しかも現代においては、善政を敷こうという責任感だけは一丁前でも、行動が空回りして結果として悪政とされる場合もあり得るわけで。

 結局さんざん迷った挙げ句、5人挙げろといわれたので、しかも順位までつけろといわれたので、こんなふうにしましたよ。

1位 聖徳太子 古代中央集権国家の成立に責任を果たした
2位 徳川吉宗 幕政改革への責任を果たした
3位 足利義教 くじで選ばれながら、幕府権威の拡大にを入れるなど、将軍としての責任を果たそうとした
4位 伊藤博文 近代政治体制成立への責任を果たした
5位 上杉謙信 有名無実化しながらも関東管領としての責任を果たそうとした ただし行動の結果を見ると不十分だったと思うので5位

 ところがこのあと、「変わった責任の取り方をした人物」について聞かれた。好きじゃないけど暴徒知事(ちょっと狙った誤変換)は国会議員を辞める際に、当時の政治や政治家の状況を批判して、よって辞めますみたいなことを言ったんじゃなかったかと思うんだけど違ったかな。代議士を8期25年勤めた上で、そういう形で責任を取ったように見えるのだがどうなんだろう。ただ人物は幕末以降に限るそうなので(つまりさっき伊藤博文と答えたのは、質問をちゃんと聞いてなかったってことだな)、暴徒知事はダメか。

 例として加賀藩3代藩主、前田利常が挙げてあった。鼻毛を伸ばして暗愚なふりして幕府の警戒心を解くことで、加賀藩を守るという責任を果たしたって。その行動は保身のためか、加賀藩を背負うことの責任のためかまでは判断しかねるけどなぁ。結局豊臣秀吉の妻、ねね(おね)を答えておいた。結果的に豊臣家の幕引きにつながる行動を取ったことで、夫が一代で築き上げたものを淀君らによって変質させないよう責任を果たした、と。なんだか苦しいなぁ。

 結局、どう答えるのがよかったのか、未だによくわからなかったりするのでした。責任を果たしたかどうかの部分ですでに、人物に対するその人なりの解釈が介在するから、難しいと思うな。
posted by てつりん at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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