2019年03月22日

引き出しが開く

 先日のこと。仕事上のことで、前の会社に出かけました。事前に1回行っているのですが、持っていったものにちょっと不備というか、さらなる改善を求められたので、出直してきたのでした。

 それにしても、退職してもうすぐ3年にもなるというのに。ここにいた時間はかなり短かったはずなのに、自分自身の中にちっともアウェー感がないことへの不思議な違和感。と思ったら、その頃の人たちにばったり遭遇。一瞬、時間を飛び越えたような感覚があったけれど、お互いにえっ!?なんでここにいるの!? って感じ。いい意味で、その人たちは変わってなくて、なんだかホッとしたなぁ。だからこそ、余計に時間を飛び越えたような感覚がしたのかも。いや、時空のエアポケットに落っこちた感じにも思えたなぁ。昔のことや今のことなど、お互い本来の用件を忘れて、とりとめのない話をする時間が流れていきました。


 さらに別の日。上記とは別の仕事上のことで、ほかの事業所を回っていました。行った先には、前の会社で一緒だった人がいました。前の会社でその人と一緒だった時間は1年しかなくて、そしてその人にとってもその会社はそんなに長くはいなかったはず。なのに、このような話になったのです。

 先日、仕事上のことでこれまた別の事業所に行った時に、当時の人たちと会ったという話。そこにはいなかったけれど、ああいう人もいたよねぇとか、こういう人もいたよねぇとかいう話になりました。そういえば、そういう人にバッタリ会ったんだよという話とかも。で、最後にポツリ。「あの頃は、楽しかったねぇ」って。

 そんな言われ方したら、「それって、今が楽しくないってことですか?」って聞いてみたくなるじゃない? 山の方のちっちゃい事業所で、なにか思うところでもあるんですかってね。でもきっとそういうことじゃなくって、純粋にあの頃は楽しかったって話なんだろうなぁってね。

 前の会社を去って、もう3年。時間はあっという間に過ぎちゃって、千穐楽も終わって、抜け殻のようになったわけじゃないけれどなんとなくの喪失感があって次に気持ちが向かない。別に今が楽しくないわけじゃないし、喪失感といってもなんとなくのものでしかなくて、別にさいなまれていたりするほど事態も深刻ではない。そんな、なんとなくけだるいとでも言うのかなんだかなぁの気分のわたしに、こんなことを言われたのでした。「また次が始まるじゃないの」ってね。

 次がまたあるから、その先にまた新しくて楽しい何かが待っているんでしょう。当たり前のことではありますが、そうなんだよね。後ろを向くきっかけがあったことで、前を向く気持ちにもなれたひとときだったのでした。
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2019年01月25日

古典って、いいものですね

 仕事上、相当雑食的にいろんなネタを、ネット上から収集している気がします。言ってしまえばとりとめのない、なんの脈絡もないネットサーフィンでしかないのですがね。もちろんライブのMCとか、時には譜面書きとかにも応用されて、さらには稀ですがライブの本編の根幹をなす場合もあります。

 「今、あれが知りたい」と、ピンポイントに目標へ向かうもの。ヤフーのトップから、気になるものをクリックするもの。その先にもまた、気になる見出しがあったりしてね。さらにはトップの下の方とかも。でも、なんとなく、自分の興味を持ちそうな記事の見出しが表示されているのではないか、自分で情報の取捨選択をしているようで、実は何者かのコントロール下にあるのではないかという気もしないでもない。それはまた、別の話ではあるのだけれど。

 で、先日。こういうのを見つけました。「ニセ医学」を信じてしまった患者を救えない、“正論”医療の現実

 クリックすれば全文を読めるでしょうが、長いので、抜粋は以下に。

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 医者って、当然賢い人、勉強のできた人がなるものなのでしょう。でもさぁ、文系か理系かと言うと、理系なんよねぇ。理系と言いながら、患者さんへの説明には、医学的に高度な専門的事象をド素人にもわかるように伝えるという、文系のセンスは絶対にいると思うけど。

 ただそもそも、もはや文系か理系かという区分には、さしたる意味がなくなり始めていることも何となくわかる。例えば医者もそうだと思うけど、経済学は文系と言いながらもはや現場の最前線は金融工学の世界だったりしてね。理系レベルの数学の力がないと、今の金融なんてわからないんじゃないのかなぁ。

 で、理系だ文系だといった、学問の古い垣根を取っ払うような話の一例が、医者が語る愚行権の部分だなぁと。筆者が国立大の医学部に入るためには、センターの倫理が必要だったんだろうか。それとも、自身を高めるために、医者になる前かなったあとかに勉強したんだろうか。JS.ミルのことなんて、わたしは自由論と、功利主義ってキーワードでしか知らない。中身なんて知らなかった。でも、そんな古典が、さすが古典と言われるだけの普遍的価値を今もなお持っていて、そしてよりによって医者の手にかかって別の文章を紡ぐ縦糸か横糸の一部になって、そして別の誰かの琴線に引っかかる。

 古典なんて役に立たないって、理系の医者とか技術者とかが言いそうなことだと思っていましたよ。そうじゃないんだなぁ。そのうちJS.ミルの「自由論」、ちゃんと読んでみたいなぁって思ったのでした。読むヒマなんてないだろうけれど。

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2019年01月06日

おいしそうなランチを探して廃村へ

 非公式な仕事始め第2日目に向けて、そしてさらに翌日の公式な仕事始めに向けて、きょうはいいところでランチを食べる計画を立てようとしました。

 まずはグーグルマップ。会社の近くを表示させ、拡大してこれは!と思う飲食店を片っ端からチェックします。大通りから1本入るだけで、よさそうなお店が現れるものなんだねぇ。未知の飲食店を複数発見したものの、ここへ!という決め手にかけたまま時間が流れていきました。

 そうこうするうちに地図は山奥へ。この蕎麦屋は過去に行ったことがあって、いいお店なんだけど、今回はあくまで未知のお店を狙いたい。大学の頃だったかに気になっていて、後日行った山奥のお店はどうなっているかと調べたら、すでになくなっていました。印象的な名前の店で、確かプレスリーとか、貴重な洋楽のレコードがたくさんあったはずなんだけど。カレーがうまかった気がするんだけど。

 別のルートをさらに山奥へ進むと、以前到達したものの道路崩落のためだったかでそれ以上は奥へ進めなかったダムよりも、さらに奥へ進めることがわかりました。やるなぁ、グーグルストリートビュー。
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 わたしの記憶が確かなら、祖母はかつてこの界隈で生まれ育ったらしいけれど、そこは今ではダムの底らしいです。しかも、どのダムかも今となってはわからないし、いつまで住んでいたのかもわからない。どんなに最近のことと推測しても、戦後間もなくまでの話だと思う。父が生まれたのが1947年で、その頃には駅近くで商売をしていたはずなので。でも今思うと、祖母の姉妹は川を下るってわけじゃないんだろうけれど、川沿いの道を市街地方向へ下っていった先のエリアに住んでいたなぁ。

 さらに進んだその先には、分校の閉校記念碑がありました。閉校したのはわたしが生まれるよりも前のことで、たぶん地域の地名なんだと思われる校名にも聞き覚えがありませんでした。で、調べたところ、廃村探訪サイトにたどり着いたのでした。

 廃墟紹介とか、廃墟探訪サイトってありますよね。例えるならば今の軍艦島に対する視点のような、貴重な文化遺産や、そこに確かにかつて存在した人々の暮らしに敬意を払うスタンスのサイト。一方、肝試し実況レポのような、薄気味悪いところに行ってきました系のサイト。どっちかというと後者の視点のものや、そっち寄りのサイトばかりのイメージがあったので、ちょっと新鮮な視点でした。しかも古い地形図や古書などから、往時の集落の模様まで紹介していたり、大学の先生が登場したりと、なかなかアカデミック。今は誰もいないけれど、ここにはかつて、確かに人々の暮らしがあったんだよと。

 山を分け入っていくような知識や経験、体力がないので、廃村に行ってみたいとは思わないなぁ。そもそもうちの家訓は「山をなめるな」と定められていたはず(笑)。でも、多くの廃村に残された離村の碑に記された文は、読む人の心を揺さぶるものがありましたよ。離村して、何十年も経った平成の世になって、当時を知る高齢者が立てたようなものにもまた、こみ上げてくるものがありました。もしかしたらわたしのルーツも、どこかの廃村にあるからかもしれません。


 あれ? 結局ランチはどうなったの!?
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2018年12月25日

ウワサの銘柄

 つい最近のことだと思って調べたら、10月末のことでした。そんなに時間が経ってたなんてね。
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 小さくて見えにくいかもしれませんが、10月29日に日産自動車の株を8株、買い増しました。1100円くらいだったのが、買う目安にしていた1000円くらいまで下がってきたのでね。それでキリよく、25株の株主になったのですよ。そのあと何があったのかについては報道のとおりですがね。そしてきょう(12月25日現在)の終値では、800円台前半くらい。小さくて見えないかもしれませんが、なんだかんだで4000円くらいの含み損を抱えているわけです。

 まぁ日産自動車の株については長期保有で配当益を得るために買ったし、買ったものを売ろうなんて発想すらなかった。そういう意味では株価の上下よりも高配当を今後も維持していくのかという点に個人的な注目ポイントがあるわけです。ここではそんな話をしようかと。

 日産自動車の株は、4割くらいをルノーが持っています。それだけでルノーは年間で3〜4000億円くらいもらっているらしいですね。わたしは年間1000円ほどですが(笑)。その配当で、ルノーの経営が見かけ上はよく見えることになるのだとか。日産の高配当はルノー救済のためなんじゃないかと思っていた時期がありますが、利益に対して配当に使っている割合(配当性向)を見る限り、そんなわけでもなさそう。

 では今後、もし日産自動車が配当を減らしていくのだとしたら。減らした配当はきっと研究開発に使うんじゃないのかなぁ。回り回って、株価が上がることになる気がするのだよ。技術の日産を復活させたい → 研究開発費を増やす → 日産株の配当が減る → 研究開発の成果が出ればよい商品が出回ることにつながる → 日産の業績が上向く → 日産の株価も上がる という図式が成り立ちそう。もちろん今後も、業績次第とはいえ現在のような配当が持続されるのであれば、こんなに楽しみなことはありません。

 結局のところ、長い目で見たらきっといいことあるはずなんです。ちょっとの上がり下がりで売買して、損した得したで一喜一憂するようなのは、個人的には投資というよりはマネーゲームなんだと思うなぁ。というわけで、今後も地味に期待しております。
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2018年09月30日

気づいたら、20周年でした

 結婚の話ではないですよ。ちなみに14周年の結婚記念日ということで、さる9月25日、壮絶に帰りの遅くなっていたわたしが仕事の帰りに買ったコンビニスイーツなどでお祝いをしました。ささやかでいいんです。これで血の雨が降るようなら、その程度の夫婦ですよ(爆)。

 でも・・・、来年は15周年だから、ちょっと盛大にやってもいいんじゃないのかなぁ。な〜んてね。調べたところ、水晶婚式って言うそうです。曇りのない愛情とか言うんだって。へぇ〜。

 さて、かなり前のことですが、なぜかふとした拍子にデビュー10年目に突入したという話を書いたことがあるのです。この時期になると、何年かに1回、ふと思い出すことがあるんだけど、もしかしたら今年はデビュー20周年なのではなかろうかと。そこで、一時期何度も仕事上の書類を書くために使ったことから大事に取っておいてある、昔のめっちゃ黄ばんだ辞令にお出まし願いました。
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 「〇〇周年」というのを、満で数えるのか、かぞえで数えるのか。それを図書館のレファレンスで調べたという事例がありまして、参考にさせていただきました。それでも、間違いなく先日の9月21日は、満で数えてデビュー20周年だったじゃないか・・・。メジャーデビュー10周年(かぞえではなく、満)は、来年の春だけどね。

 かつてよりもライブの本数は減っています。年間の本数という意味では、インディーズの頃のほうが、よっぽどたくさんライブをやっていたかも知れないし、今は同じメジャーでも、かつてほど多くはないはずなんだ。それでも、どれだけいいライブができるかがわたしの業界内における存在意義の根幹であり、いいライブができているからこその今の立ち位置なんだと思っています。あえて自分で言っちゃうけど、ライブアーティストとしての評価は相当高いはずなんだ。でもねぇ、その評価に甘えて、おごりが出たらこの業界、一寸先は闇ですよ。

 正直最近は、ものすごくすることいっぱいいっぱいで、帰宅するのも日付が変わる頃近くだったりした。だから20周年だなんて気づかなかった。でも、そんな感じで、いい意味で立ち止まらない振り返らないというかね。そんな感じで、まだまだやりますよ。
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2018年07月06日

塵も積もれば

 日産自動車の株を持っているのですが、今年も配当をいただきました。
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 気づいたら、ちょっといいところへランチに行けたりもするくらいになったんだなぁと思ってね。なんだかもったいないし、これを使わないと行けないくらいに困っているわけではないので、当然行きませんけど。

 この話をさとにしたら、イオンの株には負けるけどねって話になったけれど、まぁあれはすごすぎますから。かなりのメリットをうちにもたらしております。ふと気になったときに、そういうのを超える銘柄はないかと物色したりするんだけど、なかなかこれ!って手を出したくなるようなものがないのです。
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2017年11月02日

第4次

 第4次安倍内閣が成立しましたねぇ。個人的にはこの「第4次」って響きに、「えっ!?」ってものを感じたのです。あっ、こういうところですからもちろん、政治的な話はなしですぜ。

 いやね、第4次◯◯内閣って、わたしの知る限り伊藤博文と、5次まであったはずの吉田茂くらいしかないはずなんです。桂太郎も、近衛文麿も、佐藤栄作も、中曽根康弘も3次までだったはずだし。記憶ではそれ以上出てこなかったので調べたところ、ほかにも鳩山一郎とか池田勇人、小泉純一郎もでしたが。

 第4次◯◯内閣ってそういう意味では、わたしのなかでは日本史のなかにしか存在なかった。そうだなぁ、大震災というものはかつて関東大震災しかなくて、それこそ日本史のなかにしか存在しなかったはずなのに、その後阪神淡路大震災とか、それだけで十分おなかいっぱいな感じなのに、さらに東日本大震災を見てしまったような感じかなぁ。あっ、第4次安倍内閣と大震災を並べる感じで書いちゃったら、当局ににらまれちゃう(笑)。

 別の話だと、天皇陛下は崩御されるまで天皇陛下なわけであって、それが当たり前だと思っていました。それこそ退位されるなんて、譲位という用語を使われるのかはさておき、日本史のなかにしか存在しなかった。そういうレベルのものを見たあとの後味についての話なのでした。まぁ、それなりに長く生きてると、いろんなものを見る機会はあるだろうね。
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2017年10月25日

ちいちゃんのかげおくり

 学校で何をやっているか、ということはあまり言わない姉なのですが、最近話題にするのがタイトルのものです。わたしはやった記憶がないんだけど、82年の作品だからなのでしょう。結構昔から存在するものらしいですね。別の機会に読んだことがあるのですが、読んだ者としては涙なくしては語れないレベルのものだと思います。

 で、姉が話題にするもんだから、ひさしぶりにネットで探して読んでみました。姉の話題の内容は、ひとつはかげおくりができるかどうか(そのような遊びは実現可能かどうか)。個人的にはできるけど、やるんだったら日差しの強い日がいいと思うなぁ。あと、できるならば、やりたくないなぁ。いわゆる、死亡フラグが立つ気がして。ふたつめは、ちいちゃんは死んだのかどうかということ。個人的には死んだと思うけど、別の答えを期待して、「う〜ん、どうかなぁ?」って感じで言葉を濁してみました。ちなみに姉の答えは、「女の子の命が空に消えました(本文の内容)」だから、死んだというもの。あってるんだろうけれど、まぁ、答えとしては特におもしろくはないよねぇ。

 ちなみに、焼け落ちたちいちゃんの家の跡に、はす向かいのおばさんがちいちゃんを置いていくところ(ちいちゃん本人が同意したとはいえ)と、最終的にちいちゃんがひとりで亡くなってしまうことは、戦中の社会状況を知るものとしてはありえないことなんだそうです。あのような時代でありながらも、人は助け合って生きていたので、ちいちゃんのようなことはありえないと。その一方で、作者のあまんきみこ自身が満州から逃れてきた人なのだそうで、国内ではありえないようなちいちゃんの状況も、敗戦前後の満州ではありふれたものだったからこそ、そのような描写になるのではないかとのことらしいです。

 こんな感じで、言い知れぬ理不尽のようなものを、国語の教科書で感じた最初の記憶は、個人的には「ごんぎつね」かなぁ。もしかしたら理不尽が、無常観とか諦観とかに少しずつ形を変えながら、平家物語とか方丈記とかにも続いていくのかもしれません。
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2017年06月30日

日産自動車からの恒例

 今年もやってまいりました。といっても、昨年に引き続いてまだ2回目なんですけどね。少しですが日産自動車の株を持っており、それで配当を頂戴いたしました。

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 もらってみて初めてわかることだけど、今回のものが昨年度の期末決算だったのですね。だからこの時期になるのかと。今年度も配当を多くするという計画もあるようなので、来年の今頃にもうちょっと多くいただけるのであれば、日産自動車の経営は計画通りにうまく行っているようで、配当も計画通り増やせるということになるのでしょう。

 別のところで、マツダの株主総会に行ってきたという話を読みました。結構いろんなやり取りがあるようで、興味深い感じがしましたよ。さすがに広島まで行くのも大変だけど、株主総会だからって横浜まで行くのも大変だけどね。たかだか17株しか持ってないのに(爆)。
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2017年06月28日

チームでやってますから

 医者という人種が信用できません。正確には、信用できなくなりました。

 あえて辛辣な表現を使うと、人間のクズだとまで思うようになりました。そうねぇ、いまさらだけど、以前お付き合いしていた女性が同じような趣旨のことを言ってたことが、今になって妙に納得できるくらいですよ。

 ただし、かんちがいしないでいただきたいのです。背骨を折った時は主治医にとってもよくしていただいたし、さとが切迫流産で入院したときも、切迫早産で入院したときも、3人のお産に際してもとってもよくしていただきました。わたしが一時期面倒な病気になっちゃって、3年くらいかな?病院に通い続けたときもとってもよくしていただきました。父がガンになったときも、正直何かと面倒な患者だったと思うけれど(爆)とってもよくしていただきました。最近だったらわたしの首の具合が悪かったんだけど、それって今思うと何かのストレスだったのかねぇ? いつの間にか症状は気にならなくなりました。ましてやもっと最近、良性のはずの腫瘍がなぜか一気に余命3か月って言われたわたしの不信感がピークに達したとか、そんな修羅場体験もありませんよ。

 医者という人種の何がそんなに気に入らないかっていうと、変な勘違い感というか特権意識をムンムンと感じることかな。自分が一番で、自分ですべてをわかっていて、自分は万能な存在で、でもその他大勢は愚民でしょうかもしくはゴミでしょうかいや、ゴミとしても認知されていませんかね?あぁそうですかって感じかな。例えるならば、「このハゲーーーーーーー!!!」って発言が話題になっている人に通じる何かとでも言えばいいんでしょうか。う〜ん、あんまり書きすぎるといろんな人を敵に回して、炎上しそうな気がするのでこのへんにしておきますか。

 ところが、そんな殺伐としたわたしの心のオアシスになるような、医療関係者の言葉も聞くことができたんです。正直人間のクズみたいな連中はごく一部の極めてレアなケースだと思いたいし、事実わたしやわたしの周辺においては、医者相手にイヤな思いをしたこともなければむしろよくしていただいたことばっかりです。だからこそ、こういう言葉って心にしみるなぁと。そうだよね医者ってみんな立派な方々だよねと改めて信じたくなります。ちなみにどんな言葉を聞いたかというと、「医療は医師、看護師、薬剤師、食事を運ぶ人、病院の中を掃除する人などいろんな仕事があって、それらのチームでやってますから」というものでした。チームあっての医師だと思うと、変な勘違いの入り込む余地なんてないはずなんだよね。

 それに引き換え・・・って感じで、またこの文章の最初に戻ってからの無限ループになりそうなのでこのへんで。どんな一部の人間のせいで、何があったのかについては触れないけれど、触れたくもないけれど、そんな一部のせいで悪く思われてしまう人たちのことが申し訳なくなってくるねぇ。医者だけでなく政治家も、公務員も、有名企業の経営者も、イケてない店員も。
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2017年05月26日

なんとかなってしまった・・・?

 公開ライブ(ここでよく使われる隠語のようなもの)を1本やってくれということで、やりました。別の指名を受けた人はなんで自分なんだとか、会議で質問したからそれへのあてつけじゃないかとか、こんなに業務過多で大変なのにさらに公開ライブなんてムリ〜とか言ってましたが、確かにキツイなんてもんじゃないタイトなスケジュールでした。わたしなんて、締め切りの日があるってことをきちんと認識していなかったのも悪いんだけど、締め切りすぎてから譜面を書き始めたからね(爆)。

 で、なんとか1本やりきったのですがね・・・。個人的にはいろんな意味であり得ないことをしたにも関わらず、それっぽくできてしまったことに対する自分自身への不満があるのですよ。具体的には次のような感じですかね。

・ゲネプロ(本番同様の条件で行う通しリハ)を行っていない。
 といいながら、わたしの場合、日程の関係上期せずしてゲネプロなしでぶっつけ本番ってことはよくあります。ゲネプロで問題点を洗い出すというよりは、やや荒削り気味の公開ライブで指摘を受け、「貴重なご意見ありがとうございます」ってことにしておくことのほうが多いですな。

・最新の(?)ハイテク技術(??)を使った演出を行ったにも関わらず、実はそのハイテク技術を使うのは初めて。
 機材トラブルとかあったら、どうするんだよって感じですよね(汗)。

・人に見せる用の譜面(セットリスト+コードのようなもの)は資料として必須なのでちゃんと書いたけど、それとは別に自分が演奏する上で理解できるような譜面(実際の五線譜上のおたまじゃくしのようなもの)を書かないまま本番に臨んでいた。
 恐ろしいまでのぶっつけ本番。わたしの感覚において、自分の譜面がないのにライブをするなんてありえないことです。なぜそうなったかというと、構成してきちんと譜面を書く時間がなかったから。まぁ、わたしのものにしては珍しく、きちんとした五線譜の譜面を書いて臨むことにそぐわない要素のあるライブではありましたが。

・まったく時間が足りなかった。
 お客さんにはわからないはずなんです。前述の、人に見せる用の譜面を見ればわかってしまうだけのことです。お客さんには五線譜上のものは見せることがありますが、セットリストのようなものを見せることはありません。ちなみになぜ足りなかったのかというと、譜面の上では4時間分のライブなのに演奏時間は2時間半までだと言われていたからって感じかな。こんなにたくさん演奏できるかな〜?と思ってセットリストを作ったけれど、やっぱりできなかったって感じです。

 自分の中ではこんなにズタズタだったのに、お客さんが楽しんでくれたのと、元から構想されていた内容のよさもあって、なかなかいいモノだった感はあるんです。会社の重鎮のような方にも、「お客さんとして、こういうライブを観たかったなぁ」みたいなことを言われたし。さらには、全体の方向性のたたき台のようなものは見事に提案できていたと思うし(事実反省会の議論の内容がそういう感じで充実していた)、目的はきちんと達成されているのです。なのに何だろう、この自分自身が持つもやもや感のようなものは、といったところでしょうか。

 いろんな意味でやったことのないようなことをやったから、それに対する自己評価がきちんと定められないってことなのかもしれません。いい歳してというか、いい歳になったから思うんだけど、新しいことに挑戦していかないと、パフォーマーとしての自分自身の成長はないよねぇってことを考えさせられたのでした。
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2017年02月08日

不純な動機は人を動かす?

 夏休みの宿題とか、締め切りを守る方でしたか? わたしはだいたい守りましたが、序盤のロケットスタートよりは、終盤の怒涛の追い上げでした。もうねぇ、ケツに火がついてるくらいのほうが、加速が乗ってていいくらいでしたね。ちなみにさとは、序盤のロケットスタートで締め切りより早めにきっちり仕上げる方だったらしいです。

 日々の仕事のなかでいろんな書類を作ることがあります。子どもの頃の性癖なんて簡単に変わるものでもなく、わたしは今でも終盤の追い上げ派。いや、追い上げどころか、ケツに火がついたを通り越して火だるまとか、大炎上とかいった大惨事のほうが増えてる気がします。さ〜てそろそろあれでも作るかと思っていた日が締切日でしたしかもそれって本社から依頼されたものなんだけどそれってだいじょうぶ!?とか。プレゼン半分しかできてなくて、そもそもその日に仕上がっていることを求められていたなんてことを理解していなくて、半分からあとを口頭のみでやっちゃった〜しかもそれって本社の幹部クラスの前でなんだよね〜てへぺろ(殴打)とか。40過ぎちゃうと変な度胸がついちゃって、かえってダメなのかもしれませんね。

 ところが! そんなわたしも2017年バージョンでは生まれ変わりましたよ!? 社内では「取りかかりは遅いけれど、取りかかりだしたら早い」という、喜んでいいのかダメなのかよくわからない評価を周囲から頂戴しちゃってますが、とある書類を2週間前にほぼ仕上げました。ちなみにこれまでだったら、締め切りの1週間前くらいから意識はするけれど未着手で、4〜5日前くらいからひどい時には2〜3日前から本気を出して、前日に完成だったことを思うと、異例の速さです。今の業界に入って20年近くになりますが、初めての快挙ですぜ←自分で言うな(笑)。

 ちなみになんでそんなに早いのかというと、今週末は苗場に行くので仕事には使えない。次の週末は楽しい県外出張なので仕事には使えない。そして帰ってきた頃には、その書類が絶対必要と。そりゃぁ、異例の速さでがんばるのも当然じゃない? 不純な動機は人を動かすものなんですね。そういえば高校の頃、好きな子にいいとこ見せたいという極めて不純な動機で、かなりマジメに勉強したことがあったのを思い出しましたよ。
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2017年01月05日

そのうち行きたい場所リスト?

 仕事のネタを探して、ネットを徘徊していることがあります。まぁわたしにとっては今日が仕事始めで、調子が今ひとつ上がらないってのもあったのかもしれませんが。仕事をサボっている言い訳を、ネタ探しという名のもとにごまかしているのかもしれませんが(爆)。

 でもねぇ、今日仕入れたネタは、どこかにキチンと書いておいたほうがいいかなと思って書いてみます。まずは、マタギの話から。視覚的にも記憶に残すため、下線部をクリックしたら行けるページのスクリーンショットも貼っておきます。
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 マタギをひとことで言ってしまうと、東北地方の山あいにいる狩猟民なのでしょう。ただねぇ、じっくり読んで、リンク先にある動画まで見て思うのは、狩猟民というひとことで片付けるのはあまりにも一面的すぎるというか、本質を捉えているようで何もわかっていないというか。

 その証拠なのか、マタギは熊を撃ち取ったとは言わず、授かったと言うそうです。そして、山の神から授かった熊の体は丁寧に大切に活用するけれど、魂はケボカイという儀式によって山に帰すんだとか。また、マタギの姿を写真に収めようとしてマタギになった写真家、船橋陽馬さんが言うには、「熊が獲れてよかったというのは、マタギの話じゃないですよ」と。なかなかそういう感覚は、熊を獲ることでマタギは生計を立てている(立てていた)と思っている以上、いつまでたっても理解できないのでしょう。ちなみにスクリーンショットの撮り方が不自然に右に寄っているのは、その写真家、船橋陽馬さんの名前が書いてあるからなんだけど、見えにくいかもね。

 わかりそうでわからない、でもわかりたいと思ったマタギの世界を知るには、そこに行くのが一番なのかもしれません。かといって、伝統と自然への畏怖と宗教性を帯びたような世界に素人が興味本位に踏み込むのは無礼すぎる。ということで、入門的な知識を得るのに、マタギ資料館とか行ってみたいなぁ。「そのうち行きたい場所リスト」に登録されました。ついでに以前見かけて気になっていたのに結局食べられなかった、ババヘラアイスも食べてみたい。ババがヘラですくってくれるから、ババヘラアイスなんだって。


 続いては、イタコの世界
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 これのスクリーンショットが左に寄っているのは、イタコのババ・・いや、お嬢さん(みのもんた風に)に敬意を示して、ちゃんと顔が写ったほうがいいかと思いまして。

 個人的に衝撃だったのは、イタコはもう6人しかいないと。しかも、ある日突然イタコを名乗ったり、イタコになるに値する能力が降りてきたりするようなものではなく、弟子入りして厳しい修行を経た先にイタコとしての道が拓けるのだそうだ。恐山に行けば、一種観光地化されているようなところだとも思っていたので、観光地化された風景の中のひとつのアイコンのように、イタコもそこにいると思っていたんですが、間違ってました。そうねぇ、ちょっと失礼な例えだとは思うけれど、鳥取砂丘にいるラクダみたいな感じ(コラ)なくらいに、よくある風景なんだと思ってました。


 ちなみに、恐山に行けばイタコに会えるというのは、夏と秋の年2回、例大祭と秋詣りの計数日間だけだそうです。しかも八戸や青森などからやってくるらしいのと、多くの方がかなりのご高齢のようで、6人勢揃いなんてのはないんでしょうね。イタコに会って、誰の話を聞いてみたいのかというのはさておき、これにもマタギの世界と同じような、伝統と自然への畏怖と宗教性を帯びたような世界を感じました。

 現代だとあんまり感じなくなってきている気がするけれど、結局のところ東北ってのは、気候などの自然環境が厳しいから、どうしても自然への畏怖もあれば祈りや感謝もあって、そういった習俗が伝統となって層をなしていたんだろうね。歴史的にも実際、なんとかの大飢饉ってのが何度もあって、多くの人が亡くなっていってるんだろうし。生活と、自然との調和と、伝統や歴史が重なっていっているものの先に、かつてはマタギやイタコも、普通に人々の生活のなかに存在していたのでしょう。一般的にはどうも、そういった習俗ではなくて、夏の東北地方のお祭りに、生活と自然との調和と伝統と歴史を重ねて見る視点が多い気がするけどね。

 そんなことが、もしかしたらライブのネタに使えるんじゃないか、そのために取材にでも行ってみるか。恐山でも、たぶんデミオだったら片道無給油で行けるぞ(笑)。とりあえずお金がないから、夏に行けるように貯めておく。そんなよからぬことを考えさせる、ネタ仕入れの時間だったのでした。
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2016年11月27日

日産自動車からの連絡

 先日のことですが、日産自動車から封書が届きました。確かにちょっとだけですが株を持っているので、株主向けの連絡が届いてもおかしくはないのだが、一体なんだろう???
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 と思って開けてみたところ、なんと配当が出ましたよというお知らせでした。確かに考えてみれば年2回配当は出るんだけど、勝手に年1回分まとめてなんだと思っていたので、なんだか嬉しかったなぁ。株主だぞと認められた気がして。ちなみに今のところ17株持ってて(実は後日、2株買い足している)、配当については写真のとおりです。
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 さとに見せたところ、「なかなかいいんじゃない?」とのコメントが。えぇ、配当がいいってことを知ってて買ってますからね。トランプ相場なのか、それとも自動車の電動化に向けた技術が評価されているからなのか、株そのものも値上がりしています。まぁ、売らないけどね。そっか、もしかして、配当日を狙って買った人がいるから、上がったんでしょうか。ということは、配当が確定したので下がりだすってこと!? なかなかこういうのって、奥が深いですね。
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2016年11月11日

いい歳になってしまったみたいで

 ライブを1本観て、反省会まで出てくるという出張に行ってきました。こういうのって実は、結構自由参加だったりするのですが、自身の勉強のためにやっている部分も大きいので、ほぼかならず行くようにしています。

 ライブの内容は、というと、いいところもあったんだけど、正直結構イマイチ(爆)。お客さんの質は、ものすごく高かった(ということは、日頃からかなりいいライブをしているということをも示している)だけに、かなり惜しいところでした。

 で、反省会の席上においても、結構いろいろとありがたい?ダメ出しがなされたのです。結構終わりの方で発言を求められたわたしは、これまで誰も言ってないようなことを言ったのですよ。示されたセットリストがあったので、こことここを入れ替えたら、また違った構成になって楽しめたんじゃないかなって。そうねぇ、最初の「ここ」を前フリとして使っていたんだけど、結構充実の内容だったので前フリにしておくのはもったいないんじゃないのかなぁと。そして、パフォーマーが本題だと思っていた「ここ」は、むしろ最初の「ここ」を受けてのダメ出しの部分というか、畳み掛けるように持っていくところに使ったらいいんじゃないのかなぁと。

 座席の関係とは言え、そのあとに発言を求められた人は、個人的に一目置いている人でした。その方も、わたしの思っていたようなことと同じようなことを言ったのですよ。それを見て、そんなことを言えるようになった自分って、結構いい歳になってしまったんだなぁと思ってしまったのでした。そういえばもっといい歳をしていたような人たちもたくさんいたのに、反省会にいなかったんだけど、それってどうなのかねぇ。
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2016年10月25日

勝手に代弁しますが

 敬愛してやまないユーミンのアルバムがもうすぐ発売になります。20世紀の終わり頃と言うか、バブルの少しあとみたいに、新しいアルバムは100万枚200万枚もあたりまえって時期を知るものとしてはちょっとしたさみしさもないわけではないのです。

 でもねぇ、世間的に売れているかどうかということと、わたし個人としていいと思うかどうかということはまったく関係がないので、セールスうんぬんなんてことはむしろどうでもいいことです。苗場も含めて、ライブのチケットも手に入りやすくなるわけだし(笑)。と言いながら、ある程度売れることが次のリリースへの原動力にもなるわけだから、売れないのも困るのですが。

 で、過去のどのアルバムもそうでしたが、プロモーションに気合が入っています。特に今作は気合が入っているようで、プロモーションの一環とはいえ音楽番組とはいえないようなものに出てみたり、ツイッターも始めてみたり。で、ちょっと物議を醸した発言ってのがあって話題になってたわけなんですがね・・・。

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 発言の内容としては、使いやすい言葉に甘えるな。さらには別の言葉についても、深いところまでわかって使っているのか? という趣旨とわたしは解釈してるんだけど、そもそも文字制限のある媒体で真意を伝えようとすること自体が難しいんだ。そうねぇ、例えば「闇」って表現があるけどねぇ・・・、何年か前に、地元紙にも載ったような表現なんだけど。

【例文1】「あの人って、闇だよね」

 要は暗いというか、でも単に暗いというわけでもなく、ニュアンスとしては今で言うところのスクールカーストの下の方に位置するという雰囲気をも含むわけだ。ちょっとずれていく気もするけれど、リア充の逆のような雰囲気をも持つわけだ。そういった、いろんな概念を包括するようなものを、闇の一言で片付けるなよと。もしかしたら【例文1】の「闇」の部分を別の表現にするだけで、もしかしたら「あの人」のことをわかってあげようとする方向に会話が動いていくかもしれないのに。続いて、ほかの例文も。

【例文2】「オレって、ゆとりだからさぁ〜」

 「ゆとり世代」って表現にも、批判的ニュアンスがあるよね。ただ、よく言われていることだけど、たとえゆとり世代と言われても、ゆとり世代の人たちに何らかの問題があったとしても、それは必ずしもゆとり世代と言われる当人たちのせいではないことも多いはずなんだ。そういったことを見落として、「ゆとりだからダメなんだ」とか、「ゆとりだからしょうがない」って、それこそユーミンの表現によるところのワードに甘えたところで、悪く言われるゆとり世代の人は誰一人救われない。そうねぇ、闇な人をリア充じゃないとか、スクールカーストの下の方と言ったところで、何の意味があるのかって感覚かなぁ。

 そういえば、発達障害だとわかったけれど、それで安心したかのように「発達障害だからしょうがない」みたいな捉え方をしてしまうのはどうなんだという感覚に通じるものがあるかなぁ。言葉を使ってレッテルを貼ったところで、その言葉の対象者に何らかのメリットをもたらすものでなければ、何の意味もないじゃないか。もしかしたら新しいアルバムは、これまで以上に、一見使い古されたような言葉であっても丹念に丹念に楽曲とともに紡いで、深い表現を模索したものであるかもしれないな。
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2016年08月18日

テーマ曲って、こんな感じ

 5月に小田和正のライブに行ったのですが、その時からずっと気になっている曲がありました。とは言っても曲の存在は以前から知ってて、聴いたこともある曲なんだけど、この時まではそこまでの思いや感想とかはなかったんだ。なんかね、わたしの仕事のこととか、それに賭ける思いとか、そのまわりにいるお客さんのこととかを表現しているような気がして、ライブで強く心に残ったんです。



 見てないから知らなかったんだけど、めざましテレビのテーマ曲だったみたいね。そしてその時の番組のテーマは、「人とのつながり」だったんだとか。なので仕事のことのような気がしたというわけか。

 ちなみに異動で事業所を変わるときは、同じ小田和正でもグッバイがしっくり来るなぁって思います。これまた歌詞の内容がなんだかそれっぽいと思うのです。
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2016年07月27日

日産自動車もがんばれ

 年末になったら恒例の、今年の10大ニュースをやろうと思っていますが、それに入りそうなものとして、投資を始めています。

 ことの発端は、ちょっとは身銭を切って投資をやってみたら、仕事上勉強になるんじゃないかと思ったところにあります。仕組みすらきちんとわかってないんだけど、やってみないとわからないじゃない。風俗の勉強じゃないけど(爆)、指名のしかたから店内でのほどよい適切な振る舞い、適切な愉しみ方などにおいてお金を払って勉強させていただくって感じですよ。それで気持ちよくなったら(コラ)、いやおこづかいが増えたら、結果オーライかなと。減っても、わたしのおこづかいの範囲内ですので自業自得です。こういうことはおかしな欲を出すとろくなことがないので地道に着々とではありますが、もしかして老後の足しになったらラッキーです。

 で、不動産系の投資信託を1本持っているので、次は国内株式かなと。で、どこの株を買おうかと。

 以前うちでは、わたしの推薦もあってとある製薬会社の株を40万円ほど持っていました。結局お金に困る事件があったので含み損を抱えた状態で売ってしまい、その一部が今のプレマシーになっていますが、含み損は配当で相殺したくらい配当金をたんまり頂きましたね(笑)。その時売らなければ一時期は60万近くになったのですが。今でも持っていれば、もっと配当を頂いたはずなのですが、じゃぁ今、そこの株を買うにはおこづかいの範囲をケタ違いに逸脱します。

 ちなみに製薬会社の株を買った頃、もうひとつ買うとしたらってことでマツダの株を協力に推してました。SKYACTIVという名前が出始めた頃で、これはきっとすごい技術だから、今のうちに借金してでも(これ重要!)買っておくと、あとできっと高値で売却できるって、冗談半分で言ってましたね。結果はというと初のフルSKYACTIV車CX-5の快進撃が始まり、ほぼ絶滅状態だった日本国内におけるディーゼル乗用車の市場を切り開き、株価は表のとおりですよ。買っとけばよかったねぇ(笑)。結局その時買ったもうひとつの銘柄はイオンだったのですが、いまだに手放すことなく、うちにかなりのメリットをもたらしてくれています。
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 そんなわけで、ちょっとした値動きに一喜一憂して、仕事も手につかなくなるようなデイトレーダーみたいなことはしたくないのです。なんだかんだ言っても仕事は好きなので、株で食べていこうなんて大それたことは一切考えませんね。で、どこの株を買おうかと考えた時に、これまでの経験+次のような基準で検討してみました。

1.どこの、何をしているのかわかるような会社の株にしたい ← 株を買うというのは、そこの会社を信用して、お金を出してあげるという行為である以上、少なくとも自分は信用できないとダメなんです
2.配当が安定しており、値動きに関係なく持っているだけでメリットがあることが見込まれる
3.会社としての前途が明るく、もしかしたら、今後の値上がりが見込まれる

 で、前述のとおりマツダもかなり考えたんですが、2の部分の差で日産自動車の株を買ってみました。マツダの配当も近年上向きなのですが、株価に対する配当利益率だと倍くらいの差があります。早速500円くらいの含み益が出てますが、長期保有前提なのでちょっとくらい上がったからといって手放す気はありません。
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 日産自動車を悪く言うつもりはないけれど、実際のところクルマへの興味はかなり前になくなってしまっています。そういう意味ではマツダの株のほうが、個人的には買いたくなる気持ちにさせられます。でもねぇ、ここのところが仕事にも関係してきそうなんだけど、グローバル企業として利益を出し続けて行くんだという、株主の利益に直結するような意識が強そうなのは、日産自動車の方なんだと思って買いました。事実国内販売目線で見るといまいちだけど、欧州や中国、北米では伸びています。マツダは、個人的なクルマの趣味にてらして考えると、いいものを作る企業で利益も出している会社だと言えるんだけど、日産はそこまででもないかわりにマツダ以上に利益を出して株主に還元している。

 いい会社ってどんな会社? いいもの(各人の個人的好みにあったもの)を作る会社も当然いい会社なんだけど、変なものを騙すようにして売った儲けでない限り、儲けを出していく会社だって当然いい会社だ。その儲けを、お金を出してくれる人(株主)に分けてくれる会社も、いい会社だと思うなぁ。そういえば会社は、社長のものか株主のものか消費者のものかという話を聞いたことがあるのを思い出した。そんなことを考えさせてくれたので、とりあえずすでに十分仕事上の勉強になっているのです。
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2016年07月23日

子ども食堂

 最近話題のキーワードのひとつです。気になる方は検索したりして、ご自身で調べてみるとよいと思います。

 個人的には子ども食堂の趣旨にものすごく賛同します。一方でこういうものが増えれば増えるほど、公的部門で担うべきはずの支援や対策がおざなりになっていくような危機感もないではありません。それは例えるならば、学力向上が重要だと公教育の部門で言いながら、現実には必ずしも思うように行かなくて、結果的にいろんな塾が一定以上の存在意義を持っていくような感じでしょうか。もちろん塾の存在位意義って、大きいものがあるのですがね。

 それでも本来の姿ではないからと、塾や子ども食堂のことを悪くいう必要はないわけです。むしろ実践の方向からの問題提起として捉えると、もしかしたら周囲がそれに追いついてくるかもしれない。そんなわけで子ども食堂がこのへんにもできたなら、何らかの形で支援ってできないかなぁって思っていました。具体的には次のような方法によってです。

 子ども食堂を支援するには、金銭的な寄付やいわゆるボランティア活動である労働力の寄付によって行うことが一般的かなって思います。でも、子ども食堂を一種のコミュニティとして捉える視点もあるので、個人的には一般の人も子ども食堂で食事をしてもいいかなって思うんです。そのかわり、1食100円とか無料のものに対して、500円とか1,000円を払う。5,000円を払ったりするのは、食事の対価としては常軌を逸していると思うので、そういうのはなしです。なかなかおもしろい支援のあり方だなって、ずっと前から思っていたのですが、それに関わる人の答えはまったく違ったものでした。

 貧困家庭の子どもの行くところだという定期からすると(そもそもその定義って狭めの定義だと思うのだが)、誰がお金を払って、誰がお金を払わずに食事をするかによって、誰が貧困で誰が貧困ではないかがわかってしまうのだそうだ。たしかにそれはまずい話なんだけど、そもそも誰もが行けるところでないと、それこそそこの暖簾をくぐるかどうかで貧困か貧困でないかがわかってしまう気がするんだけどなぁ。ということでこの分野について、そのうちもうちょっと勉強してみたいと思います。
posted by てつりん at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

ベトナムが

 海外旅行というものに興味がないわけではないのですが、個人的にはもっぱら国内ばっかりです。そうねぇ、結局30代で海外旅行に行くことはなかったし、今のところ行きたいとも思わない。

 ところがわたしが過去に経験した3回の海外旅行というのは、どれもちょっとしたご縁で行くことになったのもあり、まぁチャンスとお金とかがあれば行かないわけでもないのだな。

 1回目は台湾でした。大学のゼミ旅行で、という名目でしたが、今思えばなかなかおもしろいところに行ったなぁと。今では郷土の有名人になっちゃった八田與一の足跡を辿ったりしました。今じゃぁ、地元の業界関係者で八田與一を知らないなんて不勉強もいいところですが、当時は恥ずかしながら知りませんでしたし、だいたい誰も知らないんだから恥ずかしくもなかった(笑)。

 2回目は会社の社員旅行で、サイパンでしたね。ちなみに台湾とサイパンを選べたので、前述の理由により台湾を選ばなかったと。ところが到着してからというもの、まれに見るでかい台風がやってきて、3泊4日だったかの日程はほぼ外出禁止令のためにホテルで缶詰状態に。外出禁止令の解けた最終日に、現地調達した水着で海に繰り出しましたが、波が高くてちっとも南国リゾートな感じは楽しめないままに終わってしまいました。

 3回目はバリ島へ。これまた会社の社員旅行っぽい理由で、なんでも支社長が引退する際には、みんなで海外旅行に行こうって太っ腹な時代だったらしい。で、最初に取ったパスポートは5年間だったけど、結局2回も海外に行って3回目は5年だったせいで更新が必要だったから10年にしたのに、結局その1回っきりで今に至る。一部の人だけ1日延長(もちろん要追加料金)でボロブドゥールにも足を伸ばしてたけど、お金がなくてわたしは帰ってきたけれど、今思うと行けばよかったなぁ。なかなか海外って、行けるものじゃないですよ。

 ところが先日。なんと業界団体のつてでベトナムに行かないか?という話が飛び込んできました。業界団体のつてなので、内容もいい意味で一筋縄ではなさそうな感じ。そうねぇ、最初に行った台湾のコンセプトに近いかな。ベトナム戦争でベトコンが徹底抗戦した際に掘ったトンネルのツアーなんて、おもしろそうでたまらない。まぁ、話を知ってから締め切りまでほんの数日しかなかったこと、さとに聞いたら「(行っても)いいんじゃない?」って言われたけどわたしの誕生日+千里浜オフの予定日付近でホントに行ったら何かとまずそうな感じがしたこと、そもそも3泊4日だったかなのに資料からはお値段不明だったことなどの事情により、行かないことにしたのでした。

 まぁ、負け惜しみでもなんでもないけど、まだまだ行ったことのない国内のおもしろそうなところはたくさんあるからね。ベトナム風フランス料理ってのも食べてみたかったんだけど(笑)。
posted by てつりん at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする