2023年02月06日

嫌われないように

 少し前に、副支社長と仕事のことで話をしていた時のことです。細かいことは忘れたけれど、わたしが何かを機械的にささっと決めようとしてるように聞こえたんだろうね。「それでいいよ」みたいなニュアンスでのゴーサインじゃなくて、「大枠はそれでいいけど、ちょっと気をつけた方がいいよ」みたいなニュアンスに聞こえることを言われたんだよね。続けて、「『なんで自分ばっかり』って思うような人もいるからね」と。

 『なんで自分ばっかり』って思うことがあるのはわかる。でもそれは、単に巡り合わせが悪いだけのことであって、それを変に調整する方が『なんで自分ばっかり』って思われたりしないかなぁ。逆説的な言い方だけど、私情も何も挟まずに、機械的にささっと決めるからこそ、『なんで自分ばっかり』って思われる余地がないようにしているつもりとも言える。機械的にささっと決めて、「こうなりましたのでお願いします」って言っちゃった方が、余計なことを考えたりしなくてもいいし気が楽だと思うんだよね。

 こんなこと書いてると副支社長と折りあいが悪いのかって思われちゃうかも知れないけれど、そういうわけじゃないんです。むしろ、わたしは何も考えてなくて、機械的に決めちゃえ〜みたいな感じなのを、うまくやんわりとそればっかりじゃないんだよと教えてくれる副支社長がいいなぁと。そういう考え方ができるから、わりと早い段階で管理職になれちゃったりするんだろうな。そしてわたしはたぶん、何も考えてなくて「えぃっ!」って感じで機械的に決めちゃって、反論の余地なしな感じで「こうなりましたのでお願いします」と正論ど真ん中の豪速球でねじ伏せる感じのところがあるから、知らない間に嫌われてたりするのかも知れない。わたしが何も考えてないからこそ、『なんで自分ばっかり』ってわたしに言ったところで、そんなつもりはないんだよね〜ごめんね〜って言われちゃって終了だと思われてて、何も言えない状況を作っちゃってるのかも知れないし。

 念のために言っておくけど、なんでもかんでも機械的にえぃっ!って決めてるわけじゃないからね。熟考して原案を出さなきゃならないものもたくさんあるからこそ、そこまでしなくていいようなものはささっと出しちゃえばいいのにって思っているだけのことなんです。
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2022年06月04日

再会

 結構前の話なのですが、ひさしぶりにとある人に会ってきました。正確には会いに行ったんだけど相手の事情により会えなくなり、いったん帰宅したもののその不義理を詫びるように自宅近くまで会いにきてくれたと。かなり昔、ざっくり言うと同じ会社なんだけど今のわたしとは違う事業部にいた頃、同じ事業所になってからのおつきあい。とはいってもその頃から数えると、もうかれこれ2倍以上の時間をこの業界で過ごしているのかと。そうそう、なんとなくめんどくさくてLINEをしていなかったんだけど、その人に言われたからアカウントを作ったってくらい、大昔の勤め先ではお世話になりました。

 といっても、どこの事業所に異動になったかとかいうことは広く公開されているわけで、お互いの近況とかの話が大半。わたしはというと、側から見ればありえない組み合わせの重大業務をコンボ状態で背負っており、業界の人の誰に話してもびっくりされるレベル。相手はというと、詳細は書けないけど一種の花形事業所にいて、さぞかし将来を嘱望されているのかと思ったら、仕事の上でもっと本気出せよみたいなことを言われてるって(笑)。おもしろいのは本人も言われたことについて、楽にぼちぼちやっているのがバレたかという認識でいること。それってやっぱり、期待されてるってことじゃないの。そして、もっと本気出せよみたいなことを言える人の慧眼もすごいよね。そういう人のためにだったら、もっとがんばってもいいって思えるなぁ。わたし? そんなこと言われた記憶はないなぁ。たぶん、別に期待されていないんだよ(爆)。

 あとは、クルマの話にもなったなぁ。同じ事業所にいた頃は、こだわったクルマを手に入れて、ずっと長く乗るんだって言ってたし、それを実行するくらいのバイタリティーもあると思ってたけど、やっぱ寄る年波には勝てなくてある日心停止したって。ほかには、お互いの事業所がどういうところなのかとか。やっぱ外から見るのと中から見るのは違うんだよね。ふと昔のお客さんの話とかになったりもして、おもしろかったですよ。時節柄難しいのかもしれないけれど、そのうち酒の席ででもと言って別れたのでした。
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2022年06月02日

底力

 先日、この地域では結構でかい選挙がありました。先日ってのがどれくらい前のことなのかについては、ご想像におまかせします。

 選挙戦そのものは、まぁ、誰が勝ってもおかしくないなぁってくらいの激戦でした。個人的には、感情的なものなのか知らないけど、好き嫌いが見え隠れしてくるような人は組織を動かす上でいかがなものなのかと。うまく言いにくいけど、多少の好き嫌いや批判があってでも突破していく力が求められる局面、役職と、そういうのがあるとやりにくくて困るんじゃないかと思うような局面、役職があると思うのだよ。

 で、誰が勝ってもおかしくない選挙戦の末、1番か2番くらいに勝ちそうな人が勝ったのだ。しこりも残るんだろうなぁって感じだけど、そこも含めてうまくやればいいんだよ。終わった勝負事のことをあれこれ言うのもねぇ。それよりも、選挙のあとで知った、へぇ〜な話。母が選挙に行ったんだと。

 母の自宅からは、最寄りの投票所がなにげに遠くて、基本選挙はいつも行ってないはずなんだ。選挙権を持ったおいも、申し訳ないが自分から選挙に行こうと思うようなリテラシーはないだろう(コラ)。そういう人たちが選挙に行ったってのがすごいなと。なんでも、あの人に入れてくれって、頼まれたんだって。

 どこにだって、程度の差こそあれ、選挙の時にはあの人に入れてくれって言うような世界はあるよねぇ。でもさぁ、頼むだけならなんとでもできるけど、母は長年そういうのをスルーしてきたはずなんだ。おいは、頼まれたからって、行きたくなければ行かないような人だと思う。なのに今回は、選挙に行ったと。どんな人がどんなふうに頼んだら、長年選挙に行ってないような人たちが選挙に行くのだろうかと。そこに、組織の持つ底知れぬ力を感じたし、それは以前映画を観に行った時に感じた気持ち悪さにも通じるものだと思ったね。確かに最終盤の追い上げには、鬼気迫るものがあったけどね。総決起集会後の会場前を偶然通りがかったんだけど、いろんなアーティストがライブをするような会場なんだけど、知る限り誰のライブよりも熱気や高揚感が漂ってましたよ。
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2022年02月19日

「香川1区」観てきた

 タイトル通りの話でございます。というわけで富山市内へ。
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 せっかくなので、トークショーのある日を狙っていきました。右が監督の大島新さん。左は富山を舞台にした政治ドキュメンタリー映画、「はりぼて」の監督、五百旗頭幸男さん。拡散希望ということなので、写真を貼っておきます。
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 知らなかったので「へぇ〜」って思ったんですが、小川淳也(「香川1区」の主人公)は対話型の街頭演説をたくさんやっているらしいです。要は自分もしゃべるけれど、その場にいる聴衆にもしゃべってもらうと。で、トークショーも、そういう感じで進んでいきます。

 興味深かったのは、かつて選挙に出たことがあったんだけど、落選したという人の話。聞くと結構ちゃんとした組織に推されて出てた感じがしたんだけど、だからこそたくさんの人の代表として出ただけのことであり、自身がなんとしてでも当選しようという気がなかったんだろうなぁって。なるほどなぁって。最近わたしは、夢が叶ったことを知ってその場で泣き崩れたという話(2月18日の話とは別の話)を聞いたことがあったんだけど、自分にはそのような人生経験がないなぁと。自分なりに、いくつもの夢を叶えてきたとは思うけれど、だからってその場で泣き崩れるほどのものは、なかった。それはもしかしたら、それほどまでに何かを賭けて、本気で挑んできた経験が恥ずかしながらなかったからなんじゃないかと思ったけれど、選挙に出たことがあるという人の話からは同じような雰囲気のものを感じられたなぁ。監督の言葉を借りると、選挙はそこまで人をむき出しにするんだということでもあるんだろう。

 映画については、いろんな解釈があるだろうと思います。だからこそここでわたしは、ありがちな解釈とはぜんぜん違う解釈をしたなぁ。決して映画の批判ではないし、いい映画だとは思うんだけど、正直言ってすっごい気持ちの悪いものを見た。終わりの方で、日本中が香川1区のような熱を帯びた地域になって、政治への関心が高まって、いい日本になっていってほしいといった内容の発言が出てくるんだけど、わたしは香川1区のような熱を帯びた地域が全国に広がったら、もしかしたらかえって危ないのかもしれないとすら思った。その気持ち悪さが何であるのかは、映画のネタバレになりうるかもしれない部分だし、観ても気づかない可能性も高いと思うからこそ変な先入観を持って観るのがいいとも思えないので、気持ち悪さの正体について書くのはやめときます。でも、トークショーのなかで、わたしの感じた気持ち悪さと同じようなことに触れている人はいましたね。「おっ!?」と、思いましたよ。ちなみに予告編など、映画そのものを観ないでネットで拾えそうなものを観る限りでは、その気持ち悪さはなかなかわからないんじゃないかなぁって気がします。

 というわけで、なかなかおすすめの1本ですよ。香川県内でもちゃんと、観られるそうですよ(笑)。口の悪い人は、イオンシネマでたくさん上映してるって言うかもしれないけれど(爆)。

 
 きな臭い話はこのへんにして、最後は新とんかつ総曲輪店のとんかつを食べて帰ってきました。最近では、富山でなにか食べるとするとこれ!って感じの位置をしめつつあります。
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2021年08月18日

夏休みの自由研究のようなもの

 先日、半分仕事のような半分遊びのようなお出かけがありまして、そこで偶然次のような資料を手に入れました。写真には載っていませんが、奥住喜重他訳『原爆投下報告書』よりと、出典が明記されています。
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 上表の赤で塗られた部分は空襲を受けている都市で、塗られておらず白くなっているのは空襲を受けていない都市です。そして番号は、目標計画順位を示しています。順位が上位で、空襲を受けていない都市としては、原爆投下対象から外されたと言われている京都、実際に投下された、または投下候補とされた広島、長崎、小倉、新潟や、B29の飛行距離の問題から到達が難しかったのではないかと考えられる札幌、函館、小樽が挙げられます。実際には旭川にも、B29による空襲があったようですけどね。

 で、気になったのが、金沢の扱いについて。金沢は空襲を受けていないと言われています。理由としては、特に目標とするような軍需工場がなかったからだとされています。でも、ホントにそうなのでしょうか。軍需生産最優先の時代に、金沢ほどの人口を抱えながら、目標とするような軍需工場がなかったというのは、どうなんだろうと。『原爆投下報告書』によると、かなり上位の攻撃目標なんですけどね。そこについては古い地図や新聞などを探せば出てくるのではないかと。

 攻撃目標となった都市には、そうなる理由があるのだろうと思われます。では、攻撃目標にならなかった都市にはどんな理由があったのか。それを明確にすることは難しいと思います。ただ、よく言われているような、金沢には軍需工場がなかったからだとか、金沢は軍都ではあったが主要な機能は金沢になかったためさしたる意味がなかったとかいった理由に対して、ホントにそうかという検証を試みることはできる気がします。そういう感じで、地域の歴史を地道に掘り起こすような活動をされている方がどこの街にもいらっしゃいますが、おもしろそうだからやってみたいような、そんなことを考えないようにのんびり余生を過ごすのがいいような、ちょっと考えてしまいます。
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2020年09月21日

はりぼて、観てきた

【下の方に行くほど、ネタバレを含みます】

 先日、映画を観てきました。映画の公式サイトはこちらから。公式サイトに行くと、予告編がまず流れるようです。

 行ったのはシネモンド。たまに行くんですよ。なかなかおもしろい映画をやっている。そう思っていたのに、いつの間にか終わってしまった映画も数知れずあるんだけど。
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 前の日に、監督による舞台挨拶がありました。それも興味あったけど、仕事の予定があって(結局なくなったけど)行けなかったんだ。
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 その舞台挨拶というか映画が始まるよってことが、こっちの地方局でも報じられていたみたい。そのためかかなりのお客さんだったなぁ。

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 どんな映画かというのは、上の写真中の記事が一番シンプルでわかりやすいと思う。これだけ攻めてる映画が、富山県内でも上映されるらしいってのもなかなか(笑)。


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2020年06月20日

引き留めにあった

 引き際を選べるって、幸せなことなんだよって言いますがね。例えば王貞治は最後の1年でもホームランを30本打っていたらしい。それでも王貞治のバッティングができなくなったと言って引退したんだけど、ホントはどうも、ボロボロになるまでやりたかったんじゃないかと。そう思われる会話を、生涯一捕手としてボロボロになるまでやりきった野村克也と交わしていたんだとか。ボロボロになるまでやりたかったのに、余力を残す形でやめることになった、いや、やめざるを得なかった者の無念という感じかなぁ。最近だと、高橋由伸がそんな感じがするなぁ。そしてその逆を歩もうとしているのが鳥谷敬。

 そこまでの大物の話ではない、小物のわたしの話ですがね。昨年度の終わりくらいからかなぁ。そろそろ今の事業所も、もういいかなって思ったのは。うちの業界は一応異動希望を出すことができます。ただし一種のプロテクトが掛かっている状態のこともあって、一時期は異動希望を出すことができませんでした。出せるようになってずいぶん経つので、今年度は出してみようかなぁと。

 なんでそう思うのかなぁ。まぁいろいろあるんだけど、大きいのは燃えるものがなくなってきつつある気がすることかな。気づくと、過去のライブを焼き直ししようとする自分がいる。ネタに困って、過去の譜面を引っ張り出してみると、こんなすごい譜面を超えるものが書けないと思う。自分が退化していく気がする。それは同じ組織の中に長くいて、そこに安住しつつある自分がいるからなんじゃないかってね。以前のようにお客さんも頻繁に変わるわけではない。なんとなくこんな感じでいけるだろうって甘えが、通用してしまう感じがする。でもさぁ、芸事において妥協が始まるようでは終わりですよ。なんだろう、殺るか殺られるかじゃないけど、なんだかぬるくなっていく自分がいる気がするのだよ。昨年度だったかなぁ。同僚がかつて異動希望を出した理由もそういう感じのものだったと聞いて、漠然とわたしの中に感じていたものが形になったという感じがしたんです。

 というわけで、かなり前のことですが支社長に相談に行きましたよ。今年度で終わりにしたいってね。まぁ、あれこれ聞かれましたね。家庭の事情かとか、どうしてもイヤな事情があるかとかね。そういうのじゃないんです。まぁ、イヤなことがないわけではないけれど、そんなのどこの会社に行っても多かれ少なかれあるものですから。むしろ、自分のなかで何かが納得できなくなっていく感じ。だからかなぁ、案の定引き留めにあいました。終りがあるものだからこそ、終わりを全うしたほうがいいんじゃないのって内容の話だったなぁ。それをムリして、途中で終わることもないでしょうと。これ以上の詳細は書けないけど、終わりを全うしたほうが結果的には得策だと思われるって内容の話もあったなぁ。

 今年度に関しては、ちょっとこれまでのように惰性で生きることは難しいかもしれない状況に置かれています。社内組織の変化が大きかったのでね。正直それもなく、また同じような感じで動き出していたとしたら、もしかして自分自身が持たなくなっていたかもしれません。改めて燃えそうなものを与えてくれるようなポジション、位置づけにしてくれた上層部の慧眼だったとしたらすごいと思っていますが、その話は会社を去るときの酒の席にでも取っておきたいと思っています(笑)。
posted by てつりん at 23:21| Comment(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月31日

年度最後の日に

 うちの会社は定年退職の場合、年度単位でとなります。というかそれが当たり前だと思っていたので、父の定年退職はインパクトがあったなぁ。60歳の誕生日をもって退職で、有給が残っているからってことで、2月あたりから籍はあるけど一切会社に行かなかった。むしろ会社側からそのようなシフトを組まれた。そして、60歳になった日に退職。じゃぁ、大半の人が、有給を多く持ったまま退職することになるはずのうちの会社は・・・?

 それはさておき令和元年度(平成31年度)最後の日。とある支社長に会いに行ってました。ものすごくお世話になったのでね。事業所で一緒になったことはないのに、とにかくわたしは社外の仕事が多くて、その縁で何度となくコンビなのかタッグなのかを組むことになった。今の会社に移る際に、わざわざ携帯に電話をかけてくださったことは忘れないね。別に何の話をしたってわけでもなく、「(その会社で)やりたいようにやったらいいよ〜」っておっしゃってくれたんだ。

 本社が企画するような、退職者向けのイベントもあったんだけど、そんなのも全部新型コロナウイルスのせいで吹っ飛んだって。まぁそんなのは、もう辞めていく人間からしたらどうでもいいことなんだけど、新しく支社長とかになる人のイベントもなくなるのはかわいそうでねぇって言ってたけど、そうかなぁ。個人的には、もうやめちゃう人こそ最後なんだから、ちゃんと送り出してあげたかったけどなぁ。まだ先のある人は、今回のことで何かが吹っ飛んだとしても、またの機会があるじゃないの。実はそう思って、わざわざ出かけていったのでした。

 そうそう、自分は60で辞めちゃう(再任用先の話も興味深かったけど、それを言ったら正体がね・・)けど、てつりんは65までがんばらないとねみたいなことも言われたんだけど、ホントに65までかなぁ。いろんなところで書いたりしゃべってたりしますけど、70までやる覚悟はありますし、実際70までするような時代になっていくんだろうと思うなぁ。70までライブができるのか!?って、思うことはあるけどね。
posted by てつりん at 19:26| Comment(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月22日

もう僕はあの頃の君を知らない

 なんかのラノベみたいなタイトルですいません(爆)。

 先日、とある宴席に顔を出してきました。まぁ毎年この時期の恒例ではあるんだけど、詳細についてはパスで。

 毎年の恒例なので、毎年この席で顔をあわせる人もいれば、そもそもこの席にいらっしゃるのが、年代的なものもあって初めてという人もいる。で、実は最初の段階で、以前一緒に仕事をしたことがある方も来ていることに気づいていました。以前といっても、もう10年以上も前のことになるかなぁ。

 開始早々の賑やかさも一段落して、ひとりで食べているタイミングを見計らってその人に近づきます。おひさしぶりです、以前、別の会社でご一緒してましたよねと。まぁそれ以前に、そもそもこの席でお会いするということは、別のところでもつながりがあったわけなんだけどね。するとその人からは、途中まではまぁ予想通りだったとはいえ、途中からは予想の斜め上を行くような話をしてきました。

 わたしと一緒にいたという会社では、75まで働いたと。ということは、5年くらい前まで現役バリバリだったわけだ。すごいなぁ、正直わたしは、あの会社であの勤務形態で、75までだなんてまったく自身がないぞ。実際にはやれると思うけど(爆)。だけど申し訳ないことに、あなたのことはちっとも覚えていないと。う〜ん、1年間だけとはいえ、一緒に仕事をしてたのになぁ。その人は続けて、こういう話をしてきました。

 この仕事は恐ろしい仕事ですよ。あなたがこうして昔お世話になりましたったって話しかけてくるように、いろんな人が私のことを覚えてくれている。でもね、僕自身は誰のことも覚えていないんだよ。それって申し訳なくて、そして恐ろしいことだなぁって思うんだよ。

 う〜ん、今もその「恐ろしい仕事」というものをしているわたし自身が振り返って考えてみると、確かにお客さんのことを覚えているけれど覚えていなかったりもする。75まで働いたならばあまりにもお客さんの数が多すぎて、誰のことも思い出せないって境地に至ってしまうのかもしれないなぁ。

 それでもわたしはたぶん、誰も思い出せないことを申し訳ないとは思うだろうけど、事実思い出せなくて申し訳ないと思ったことは何度でもあるけど、だからって恐ろしい仕事だとは思わないかなぁ。思い出せなくて、笑って許してもらっていたとか笑ってやり過ごしたとか、無理やり記憶の引き出しを開けてもらったりしたことも何度かあったけれど。例えるならば自分自身は誰に何をしたかすっかり忘れてしまっていたとしても、そのしたことや共に過ごした日々は相手に何かしらの形で残って、今の相手のどこかの血や肉にはなっている。

 だからわたしは何も覚えていなかったとしても、相手のことはわたしを覚えている。なんだか申し訳ない気もするけれど、それって誰がしたかは誰も覚えていないけれど、それをしたことは確かに記憶や記録として残っていくってことにも通じる気がして悪い気はしない。

 ユーミンは自身の作った歌だということがやがては忘れられて、いつか詠み人知らずの世界になっても残っていくことが夢だって話を聞いたことがあるけれど、それにも通じる気がしてなんだか悪い気がしない。もしかしたらまだわたしは、この仕事の奥深さをそこまで知らず、恐ろしさもわからないでいるのかもしれないな。ツラの皮が厚いってことなのでしょう。
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2019年03月22日

引き出しが開く

 先日のこと。仕事上のことで、前の会社に出かけました。事前に1回行っているのですが、持っていったものにちょっと不備というか、さらなる改善を求められたので、出直してきたのでした。

 それにしても、退職してもうすぐ3年にもなるというのに。ここにいた時間はかなり短かったはずなのに、自分自身の中にちっともアウェー感がないことへの不思議な違和感。と思ったら、その頃の人たちにばったり遭遇。一瞬、時間を飛び越えたような感覚があったけれど、お互いにえっ!?なんでここにいるの!? って感じ。いい意味で、その人たちは変わってなくて、なんだかホッとしたなぁ。だからこそ、余計に時間を飛び越えたような感覚がしたのかも。いや、時空のエアポケットに落っこちた感じにも思えたなぁ。昔のことや今のことなど、お互い本来の用件を忘れて、とりとめのない話をする時間が流れていきました。


 さらに別の日。上記とは別の仕事上のことで、ほかの事業所を回っていました。行った先には、前の会社で一緒だった人がいました。前の会社でその人と一緒だった時間は1年しかなくて、そしてその人にとってもその会社はそんなに長くはいなかったはず。なのに、このような話になったのです。

 先日、仕事上のことでこれまた別の事業所に行った時に、当時の人たちと会ったという話。そこにはいなかったけれど、ああいう人もいたよねぇとか、こういう人もいたよねぇとかいう話になりました。そういえば、そういう人にバッタリ会ったんだよという話とかも。で、最後にポツリ。「あの頃は、楽しかったねぇ」って。

 そんな言われ方したら、「それって、今が楽しくないってことですか?」って聞いてみたくなるじゃない? 山の方のちっちゃい事業所で、なにか思うところでもあるんですかってね。でもきっとそういうことじゃなくって、純粋にあの頃は楽しかったって話なんだろうなぁってね。

 前の会社を去って、もう3年。時間はあっという間に過ぎちゃって、千穐楽も終わって、抜け殻のようになったわけじゃないけれどなんとなくの喪失感があって次に気持ちが向かない。別に今が楽しくないわけじゃないし、喪失感といってもなんとなくのものでしかなくて、別にさいなまれていたりするほど事態も深刻ではない。そんな、なんとなくけだるいとでも言うのかなんだかなぁの気分のわたしに、こんなことを言われたのでした。「また次が始まるじゃないの」ってね。

 次がまたあるから、その先にまた新しくて楽しい何かが待っているんでしょう。当たり前のことではありますが、そうなんだよね。後ろを向くきっかけがあったことで、前を向く気持ちにもなれたひとときだったのでした。
posted by てつりん at 19:56| Comment(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月25日

古典って、いいものですね

 仕事上、相当雑食的にいろんなネタを、ネット上から収集している気がします。言ってしまえばとりとめのない、なんの脈絡もないネットサーフィンでしかないのですがね。もちろんライブのMCとか、時には譜面書きとかにも応用されて、さらには稀ですがライブの本編の根幹をなす場合もあります。

 「今、あれが知りたい」と、ピンポイントに目標へ向かうもの。ヤフーのトップから、気になるものをクリックするもの。その先にもまた、気になる見出しがあったりしてね。さらにはトップの下の方とかも。でも、なんとなく、自分の興味を持ちそうな記事の見出しが表示されているのではないか、自分で情報の取捨選択をしているようで、実は何者かのコントロール下にあるのではないかという気もしないでもない。それはまた、別の話ではあるのだけれど。

 で、先日。こういうのを見つけました。「ニセ医学」を信じてしまった患者を救えない、“正論”医療の現実

 クリックすれば全文を読めるでしょうが、長いので、抜粋は以下に。

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 医者って、当然賢い人、勉強のできた人がなるものなのでしょう。でもさぁ、文系か理系かと言うと、理系なんよねぇ。理系と言いながら、患者さんへの説明には、医学的に高度な専門的事象をド素人にもわかるように伝えるという、文系のセンスは絶対にいると思うけど。

 ただそもそも、もはや文系か理系かという区分には、さしたる意味がなくなり始めていることも何となくわかる。例えば医者もそうだと思うけど、経済学は文系と言いながらもはや現場の最前線は金融工学の世界だったりしてね。理系レベルの数学の力がないと、今の金融なんてわからないんじゃないのかなぁ。

 で、理系だ文系だといった、学問の古い垣根を取っ払うような話の一例が、医者が語る愚行権の部分だなぁと。筆者が国立大の医学部に入るためには、センターの倫理が必要だったんだろうか。それとも、自身を高めるために、医者になる前かなったあとかに勉強したんだろうか。JS.ミルのことなんて、わたしは自由論と、功利主義ってキーワードでしか知らない。中身なんて知らなかった。でも、そんな古典が、さすが古典と言われるだけの普遍的価値を今もなお持っていて、そしてよりによって医者の手にかかって別の文章を紡ぐ縦糸か横糸の一部になって、そして別の誰かの琴線に引っかかる。

 古典なんて役に立たないって、理系の医者とか技術者とかが言いそうなことだと思っていましたよ。そうじゃないんだなぁ。そのうちJS.ミルの「自由論」、ちゃんと読んでみたいなぁって思ったのでした。読むヒマなんてないだろうけれど。

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2019年01月06日

おいしそうなランチを探して廃村へ

 非公式な仕事始め第2日目に向けて、そしてさらに翌日の公式な仕事始めに向けて、きょうはいいところでランチを食べる計画を立てようとしました。

 まずはグーグルマップ。会社の近くを表示させ、拡大してこれは!と思う飲食店を片っ端からチェックします。大通りから1本入るだけで、よさそうなお店が現れるものなんだねぇ。未知の飲食店を複数発見したものの、ここへ!という決め手にかけたまま時間が流れていきました。

 そうこうするうちに地図は山奥へ。この蕎麦屋は過去に行ったことがあって、いいお店なんだけど、今回はあくまで未知のお店を狙いたい。大学の頃だったかに気になっていて、後日行った山奥のお店はどうなっているかと調べたら、すでになくなっていました。印象的な名前の店で、確かプレスリーとか、貴重な洋楽のレコードがたくさんあったはずなんだけど。カレーがうまかった気がするんだけど。

 別のルートをさらに山奥へ進むと、以前到達したものの道路崩落のためだったかでそれ以上は奥へ進めなかったダムよりも、さらに奥へ進めることがわかりました。やるなぁ、グーグルストリートビュー。
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 わたしの記憶が確かなら、祖母はかつてこの界隈で生まれ育ったらしいけれど、そこは今ではダムの底らしいです。しかも、どのダムかも今となってはわからないし、いつまで住んでいたのかもわからない。どんなに最近のことと推測しても、戦後間もなくまでの話だと思う。父が生まれたのが1947年で、その頃には駅近くで商売をしていたはずなので。でも今思うと、祖母の姉妹は川を下るってわけじゃないんだろうけれど、川沿いの道を市街地方向へ下っていった先のエリアに住んでいたなぁ。

 さらに進んだその先には、分校の閉校記念碑がありました。閉校したのはわたしが生まれるよりも前のことで、たぶん地域の地名なんだと思われる校名にも聞き覚えがありませんでした。で、調べたところ、廃村探訪サイトにたどり着いたのでした。

 廃墟紹介とか、廃墟探訪サイトってありますよね。例えるならば今の軍艦島に対する視点のような、貴重な文化遺産や、そこに確かにかつて存在した人々の暮らしに敬意を払うスタンスのサイト。一方、肝試し実況レポのような、薄気味悪いところに行ってきました系のサイト。どっちかというと後者の視点のものや、そっち寄りのサイトばかりのイメージがあったので、ちょっと新鮮な視点でした。しかも古い地形図や古書などから、往時の集落の模様まで紹介していたり、大学の先生が登場したりと、なかなかアカデミック。今は誰もいないけれど、ここにはかつて、確かに人々の暮らしがあったんだよと。

 山を分け入っていくような知識や経験、体力がないので、廃村に行ってみたいとは思わないなぁ。そもそもうちの家訓は「山をなめるな」と定められていたはず(笑)。でも、多くの廃村に残された離村の碑に記された文は、読む人の心を揺さぶるものがありましたよ。離村して、何十年も経った平成の世になって、当時を知る高齢者が立てたようなものにもまた、こみ上げてくるものがありました。もしかしたらわたしのルーツも、どこかの廃村にあるからかもしれません。


 あれ? 結局ランチはどうなったの!?
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2018年12月25日

ウワサの銘柄

 つい最近のことだと思って調べたら、10月末のことでした。そんなに時間が経ってたなんてね。
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 小さくて見えにくいかもしれませんが、10月29日に日産自動車の株を8株、買い増しました。1100円くらいだったのが、買う目安にしていた1000円くらいまで下がってきたのでね。それでキリよく、25株の株主になったのですよ。そのあと何があったのかについては報道のとおりですがね。そしてきょう(12月25日現在)の終値では、800円台前半くらい。小さくて見えないかもしれませんが、なんだかんだで4000円くらいの含み損を抱えているわけです。

 まぁ日産自動車の株については長期保有で配当益を得るために買ったし、買ったものを売ろうなんて発想すらなかった。そういう意味では株価の上下よりも高配当を今後も維持していくのかという点に個人的な注目ポイントがあるわけです。ここではそんな話をしようかと。

 日産自動車の株は、4割くらいをルノーが持っています。それだけでルノーは年間で3〜4000億円くらいもらっているらしいですね。わたしは年間1000円ほどですが(笑)。その配当で、ルノーの経営が見かけ上はよく見えることになるのだとか。日産の高配当はルノー救済のためなんじゃないかと思っていた時期がありますが、利益に対して配当に使っている割合(配当性向)を見る限り、そんなわけでもなさそう。

 では今後、もし日産自動車が配当を減らしていくのだとしたら。減らした配当はきっと研究開発に使うんじゃないのかなぁ。回り回って、株価が上がることになる気がするのだよ。技術の日産を復活させたい → 研究開発費を増やす → 日産株の配当が減る → 研究開発の成果が出ればよい商品が出回ることにつながる → 日産の業績が上向く → 日産の株価も上がる という図式が成り立ちそう。もちろん今後も、業績次第とはいえ現在のような配当が持続されるのであれば、こんなに楽しみなことはありません。

 結局のところ、長い目で見たらきっといいことあるはずなんです。ちょっとの上がり下がりで売買して、損した得したで一喜一憂するようなのは、個人的には投資というよりはマネーゲームなんだと思うなぁ。というわけで、今後も地味に期待しております。
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2018年09月30日

気づいたら、20周年でした

 結婚の話ではないですよ。ちなみに14周年の結婚記念日ということで、さる9月25日、壮絶に帰りの遅くなっていたわたしが仕事の帰りに買ったコンビニスイーツなどでお祝いをしました。ささやかでいいんです。これで血の雨が降るようなら、その程度の夫婦ですよ(爆)。

 でも・・・、来年は15周年だから、ちょっと盛大にやってもいいんじゃないのかなぁ。な〜んてね。調べたところ、水晶婚式って言うそうです。曇りのない愛情とか言うんだって。へぇ〜。

 さて、かなり前のことですが、なぜかふとした拍子にデビュー10年目に突入したという話を書いたことがあるのです。この時期になると、何年かに1回、ふと思い出すことがあるんだけど、もしかしたら今年はデビュー20周年なのではなかろうかと。そこで、一時期何度も仕事上の書類を書くために使ったことから大事に取っておいてある、昔のめっちゃ黄ばんだ辞令にお出まし願いました。
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 「〇〇周年」というのを、満で数えるのか、かぞえで数えるのか。それを図書館のレファレンスで調べたという事例がありまして、参考にさせていただきました。それでも、間違いなく先日の9月21日は、満で数えてデビュー20周年だったじゃないか・・・。メジャーデビュー10周年(かぞえではなく、満)は、来年の春だけどね。

 かつてよりもライブの本数は減っています。年間の本数という意味では、インディーズの頃のほうが、よっぽどたくさんライブをやっていたかも知れないし、今は同じメジャーでも、かつてほど多くはないはずなんだ。それでも、どれだけいいライブができるかがわたしの業界内における存在意義の根幹であり、いいライブができているからこその今の立ち位置なんだと思っています。あえて自分で言っちゃうけど、ライブアーティストとしての評価は相当高いはずなんだ。でもねぇ、その評価に甘えて、おごりが出たらこの業界、一寸先は闇ですよ。

 正直最近は、ものすごくすることいっぱいいっぱいで、帰宅するのも日付が変わる頃近くだったりした。だから20周年だなんて気づかなかった。でも、そんな感じで、いい意味で立ち止まらない振り返らないというかね。そんな感じで、まだまだやりますよ。
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2018年07月06日

塵も積もれば

 日産自動車の株を持っているのですが、今年も配当をいただきました。
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 気づいたら、ちょっといいところへランチに行けたりもするくらいになったんだなぁと思ってね。なんだかもったいないし、これを使わないと行けないくらいに困っているわけではないので、当然行きませんけど。

 この話をさとにしたら、イオンの株には負けるけどねって話になったけれど、まぁあれはすごすぎますから。かなりのメリットをうちにもたらしております。ふと気になったときに、そういうのを超える銘柄はないかと物色したりするんだけど、なかなかこれ!って手を出したくなるようなものがないのです。
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2017年11月02日

第4次

 第4次安倍内閣が成立しましたねぇ。個人的にはこの「第4次」って響きに、「えっ!?」ってものを感じたのです。あっ、こういうところですからもちろん、政治的な話はなしですぜ。

 いやね、第4次◯◯内閣って、わたしの知る限り伊藤博文と、5次まであったはずの吉田茂くらいしかないはずなんです。桂太郎も、近衛文麿も、佐藤栄作も、中曽根康弘も3次までだったはずだし。記憶ではそれ以上出てこなかったので調べたところ、ほかにも鳩山一郎とか池田勇人、小泉純一郎もでしたが。

 第4次◯◯内閣ってそういう意味では、わたしのなかでは日本史のなかにしか存在なかった。そうだなぁ、大震災というものはかつて関東大震災しかなくて、それこそ日本史のなかにしか存在しなかったはずなのに、その後阪神淡路大震災とか、それだけで十分おなかいっぱいな感じなのに、さらに東日本大震災を見てしまったような感じかなぁ。あっ、第4次安倍内閣と大震災を並べる感じで書いちゃったら、当局ににらまれちゃう(笑)。

 別の話だと、天皇陛下は崩御されるまで天皇陛下なわけであって、それが当たり前だと思っていました。それこそ退位されるなんて、譲位という用語を使われるのかはさておき、日本史のなかにしか存在しなかった。そういうレベルのものを見たあとの後味についての話なのでした。まぁ、それなりに長く生きてると、いろんなものを見る機会はあるだろうね。
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2017年10月25日

ちいちゃんのかげおくり

 学校で何をやっているか、ということはあまり言わない姉なのですが、最近話題にするのがタイトルのものです。わたしはやった記憶がないんだけど、82年の作品だからなのでしょう。結構昔から存在するものらしいですね。別の機会に読んだことがあるのですが、読んだ者としては涙なくしては語れないレベルのものだと思います。

 で、姉が話題にするもんだから、ひさしぶりにネットで探して読んでみました。姉の話題の内容は、ひとつはかげおくりができるかどうか(そのような遊びは実現可能かどうか)。個人的にはできるけど、やるんだったら日差しの強い日がいいと思うなぁ。あと、できるならば、やりたくないなぁ。いわゆる、死亡フラグが立つ気がして。ふたつめは、ちいちゃんは死んだのかどうかということ。個人的には死んだと思うけど、別の答えを期待して、「う〜ん、どうかなぁ?」って感じで言葉を濁してみました。ちなみに姉の答えは、「女の子の命が空に消えました(本文の内容)」だから、死んだというもの。あってるんだろうけれど、まぁ、答えとしては特におもしろくはないよねぇ。

 ちなみに、焼け落ちたちいちゃんの家の跡に、はす向かいのおばさんがちいちゃんを置いていくところ(ちいちゃん本人が同意したとはいえ)と、最終的にちいちゃんがひとりで亡くなってしまうことは、戦中の社会状況を知るものとしてはありえないことなんだそうです。あのような時代でありながらも、人は助け合って生きていたので、ちいちゃんのようなことはありえないと。その一方で、作者のあまんきみこ自身が満州から逃れてきた人なのだそうで、国内ではありえないようなちいちゃんの状況も、敗戦前後の満州ではありふれたものだったからこそ、そのような描写になるのではないかとのことらしいです。

 こんな感じで、言い知れぬ理不尽のようなものを、国語の教科書で感じた最初の記憶は、個人的には「ごんぎつね」かなぁ。もしかしたら理不尽が、無常観とか諦観とかに少しずつ形を変えながら、平家物語とか方丈記とかにも続いていくのかもしれません。
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2017年06月30日

日産自動車からの恒例

 今年もやってまいりました。といっても、昨年に引き続いてまだ2回目なんですけどね。少しですが日産自動車の株を持っており、それで配当を頂戴いたしました。

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 もらってみて初めてわかることだけど、今回のものが昨年度の期末決算だったのですね。だからこの時期になるのかと。今年度も配当を多くするという計画もあるようなので、来年の今頃にもうちょっと多くいただけるのであれば、日産自動車の経営は計画通りにうまく行っているようで、配当も計画通り増やせるということになるのでしょう。

 別のところで、マツダの株主総会に行ってきたという話を読みました。結構いろんなやり取りがあるようで、興味深い感じがしましたよ。さすがに広島まで行くのも大変だけど、株主総会だからって横浜まで行くのも大変だけどね。たかだか17株しか持ってないのに(爆)。
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2017年06月28日

チームでやってますから

 医者という人種が信用できません。正確には、信用できなくなりました。

 あえて辛辣な表現を使うと、人間のクズだとまで思うようになりました。そうねぇ、いまさらだけど、以前お付き合いしていた女性が同じような趣旨のことを言ってたことが、今になって妙に納得できるくらいですよ。

 ただし、かんちがいしないでいただきたいのです。背骨を折った時は主治医にとってもよくしていただいたし、さとが切迫流産で入院したときも、切迫早産で入院したときも、3人のお産に際してもとってもよくしていただきました。わたしが一時期面倒な病気になっちゃって、3年くらいかな?病院に通い続けたときもとってもよくしていただきました。父がガンになったときも、正直何かと面倒な患者だったと思うけれど(爆)とってもよくしていただきました。最近だったらわたしの首の具合が悪かったんだけど、それって今思うと何かのストレスだったのかねぇ? いつの間にか症状は気にならなくなりました。ましてやもっと最近、良性のはずの腫瘍がなぜか一気に余命3か月って言われたわたしの不信感がピークに達したとか、そんな修羅場体験もありませんよ。

 医者という人種の何がそんなに気に入らないかっていうと、変な勘違い感というか特権意識をムンムンと感じることかな。自分が一番で、自分ですべてをわかっていて、自分は万能な存在で、でもその他大勢は愚民でしょうかもしくはゴミでしょうかいや、ゴミとしても認知されていませんかね?あぁそうですかって感じかな。例えるならば、「このハゲーーーーーーー!!!」って発言が話題になっている人に通じる何かとでも言えばいいんでしょうか。う〜ん、あんまり書きすぎるといろんな人を敵に回して、炎上しそうな気がするのでこのへんにしておきますか。

 ところが、そんな殺伐としたわたしの心のオアシスになるような、医療関係者の言葉も聞くことができたんです。正直人間のクズみたいな連中はごく一部の極めてレアなケースだと思いたいし、事実わたしやわたしの周辺においては、医者相手にイヤな思いをしたこともなければむしろよくしていただいたことばっかりです。だからこそ、こういう言葉って心にしみるなぁと。そうだよね医者ってみんな立派な方々だよねと改めて信じたくなります。ちなみにどんな言葉を聞いたかというと、「医療は医師、看護師、薬剤師、食事を運ぶ人、病院の中を掃除する人などいろんな仕事があって、それらのチームでやってますから」というものでした。チームあっての医師だと思うと、変な勘違いの入り込む余地なんてないはずなんだよね。

 それに引き換え・・・って感じで、またこの文章の最初に戻ってからの無限ループになりそうなのでこのへんで。どんな一部の人間のせいで、何があったのかについては触れないけれど、触れたくもないけれど、そんな一部のせいで悪く思われてしまう人たちのことが申し訳なくなってくるねぇ。医者だけでなく政治家も、公務員も、有名企業の経営者も、イケてない店員も。
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2017年05月26日

なんとかなってしまった・・・?

 公開ライブ(ここでよく使われる隠語のようなもの)を1本やってくれということで、やりました。別の指名を受けた人はなんで自分なんだとか、会議で質問したからそれへのあてつけじゃないかとか、こんなに業務過多で大変なのにさらに公開ライブなんてムリ〜とか言ってましたが、確かにキツイなんてもんじゃないタイトなスケジュールでした。わたしなんて、締め切りの日があるってことをきちんと認識していなかったのも悪いんだけど、締め切りすぎてから譜面を書き始めたからね(爆)。

 で、なんとか1本やりきったのですがね・・・。個人的にはいろんな意味であり得ないことをしたにも関わらず、それっぽくできてしまったことに対する自分自身への不満があるのですよ。具体的には次のような感じですかね。

・ゲネプロ(本番同様の条件で行う通しリハ)を行っていない。
 といいながら、わたしの場合、日程の関係上期せずしてゲネプロなしでぶっつけ本番ってことはよくあります。ゲネプロで問題点を洗い出すというよりは、やや荒削り気味の公開ライブで指摘を受け、「貴重なご意見ありがとうございます」ってことにしておくことのほうが多いですな。

・最新の(?)ハイテク技術(??)を使った演出を行ったにも関わらず、実はそのハイテク技術を使うのは初めて。
 機材トラブルとかあったら、どうするんだよって感じですよね(汗)。

・人に見せる用の譜面(セットリスト+コードのようなもの)は資料として必須なのでちゃんと書いたけど、それとは別に自分が演奏する上で理解できるような譜面(実際の五線譜上のおたまじゃくしのようなもの)を書かないまま本番に臨んでいた。
 恐ろしいまでのぶっつけ本番。わたしの感覚において、自分の譜面がないのにライブをするなんてありえないことです。なぜそうなったかというと、構成してきちんと譜面を書く時間がなかったから。まぁ、わたしのものにしては珍しく、きちんとした五線譜の譜面を書いて臨むことにそぐわない要素のあるライブではありましたが。

・まったく時間が足りなかった。
 お客さんにはわからないはずなんです。前述の、人に見せる用の譜面を見ればわかってしまうだけのことです。お客さんには五線譜上のものは見せることがありますが、セットリストのようなものを見せることはありません。ちなみになぜ足りなかったのかというと、譜面の上では4時間分のライブなのに演奏時間は2時間半までだと言われていたからって感じかな。こんなにたくさん演奏できるかな〜?と思ってセットリストを作ったけれど、やっぱりできなかったって感じです。

 自分の中ではこんなにズタズタだったのに、お客さんが楽しんでくれたのと、元から構想されていた内容のよさもあって、なかなかいいモノだった感はあるんです。会社の重鎮のような方にも、「お客さんとして、こういうライブを観たかったなぁ」みたいなことを言われたし。さらには、全体の方向性のたたき台のようなものは見事に提案できていたと思うし(事実反省会の議論の内容がそういう感じで充実していた)、目的はきちんと達成されているのです。なのに何だろう、この自分自身が持つもやもや感のようなものは、といったところでしょうか。

 いろんな意味でやったことのないようなことをやったから、それに対する自己評価がきちんと定められないってことなのかもしれません。いい歳してというか、いい歳になったから思うんだけど、新しいことに挑戦していかないと、パフォーマーとしての自分自身の成長はないよねぇってことを考えさせられたのでした。
posted by てつりん at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事っぽい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする